歴史の知識を、独自の視点でわかりやすく伝えてくれる歴史学者の磯田道史先生。好奇心の塊のような方で、数々の知識をそれはそれは楽しそうに目を輝かして話されます。作家の林真理子さんとはお友達ですが、お二人が対談しました。
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林:お久しぶりです。先生が書かれた『無私の日本人』の中の一編、「穀田屋十三郎」が、「殿、利息でござる!」というタイトルで映画化されるんですね。
磯田:ええ。仙台藩の商人である穀田屋十三郎が、吉岡宿という貧しい宿場を救うため、破産も一家離散もいとわずに仲間とお金をためて基金をつくろうとするところから始まる、実話なんです。
林:本は発売当初に読ませていただきましたが、映画もすごくおもしろかったです。ジーンとしちゃった。
磯田:不思議な縁がありまして。たまたま京都で知り合った紳士がこの本に感動して東日本放送(宮城県のテレビ局)に勤める娘さんに送り、その娘さんも感動して職場の同僚にすすめ、その同僚が映画監督である旦那さんに、「あなた、こういう映画を撮らなきゃダメよ」と言ってくれた。それが、中村義洋監督だったんです。
林:そうだったんですか。
磯田:そもそも僕がこの本を書いたのも、「自分の町にはこんな話が伝わっている。ぜひ本に書いて後世に伝えてほしい」という手紙がきっかけだったんです。僕はこの話が記された「國恩記(こくおんき)」という古文書を読んで、泣いてしまいました。仙台藩の殿様役でフィギュアスケートの羽生結弦さんが出演してくれたのも、羽生さんのお父さんが『無私の日本人』を読んで感動して、「仙台のためにも出たほうがいい」と言ってくれたからなんです。こういう話を大事に思ってくれる日本人がいるというのは、捨てたものじゃないですね。
林:羽生さん、威厳と気品があってぴったりでした。当時のお殿さまってこんな感じなんだろうなって。
磯田:しかもこの演技の後、彼は世界歴代最高点を取っているんですよね。
林:先生もチラッと出演されてましたね。一瞬だけど。
磯田:お奉行さまの役で。悪いお上は米をのうのうと食べてるから、太った役づくりをしようと、今より9キロ太った姿で出ています。友達の堺雅人さんが、「時代劇をやる前には、数カ月前から雪駄や草履を履いている」って言うからまねして3日間履いてみたんですが、これは何の役にも立ちませんでした(笑)。
林:すごく自然で、原作者の特別出演という感じがしませんでしたよ。出演者も阿部サダヲさんに妻夫木聡さん、瑛太さん、山崎努さん、竹内結子さんと豪華で。松田龍平さん演じる萱場(かやば・藩の財政担当の役人)は、本当に憎らしくてモノをぶつけてやりたくなりましたよ。みんなの気持ちが一つになってるときに邪魔をして。
磯田:根は悪い人ではないんですよね。ただ、役人としての目的、たとえば仙台藩の財政を再建するためには、人の思いなんてブルドーザーのように踏みつぶしながら淡々と進んでいく。そういう組織体って、歴史の中によく現れるんです。それを描いてくださったんだと思います。
※週刊朝日 2016年5月20日号より抜粋