本誌連載をまとめた『脳はなにげに不公平』の著者、池谷裕二・東大教授が、『人生を危険にさらせ!』を出版するなど「哲学女子」として活動するNMB48の須藤凜々花さんと対談した。
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池谷:『人生を危険にさらせ!』の出版おめでとうございます。かなりご苦労されたんじゃないですか。ふつうの哲学の入門書などは、偉大な先人たちはこんなことを考えた、と並べて説明するようなものが多いけど、これはプロセスを書いた本になっているでしょ。新しいなと最後まで一気に読んでしまいました。
須藤:ありがとうございます! 哲学書をただ引用するだけではイヤで。私は先人の哲学者をライバルだと思っているんです。
池谷:ライバル? 歴史に名を残す哲学者たちを「先輩」って呼んでいるのは尊敬しているからじゃないんだ(笑)。
須藤:私は哲学者になりたいので、いずれ越えなければならない存在だと思っているんです。だから、みんなライバル。哲学者になるにあたって、後世に評価されるのは悔しいんですよ。
池谷:どういうこと? 評価されるんだからいいのに。
須藤:ニーチェ先輩なんかめちゃ天才なのに、さえない、恋愛できない人と言われている。それがあまりに可哀想で。私もそうなるのがイヤなんです。現代の人にとってなるべくフレンドリーな身近な存在でいたい。そのパイオニアになりたい。
池谷:すばらしい。僕の名刺を見てください。肩書がPh.D.となっているでしょ。Phは哲学にあたり、博士号は「哲学博士」という意味。すべての科学はもともと哲学から派生したものなんですよ。哲学のほうが科学より上だってこと。その哲学で新たな基準で評価されるというのは、本当にスゴい意気込みです。りりぽんが哲学にハマったわけは。
須藤:学生時代、私はどちらかというと優等生タイプだったので、どう答えれば先生が喜ぶかを考えていました。でもそういう自分がイヤで。それで授業態度などに関係なく楽しめるのが哲学でした。著書は、政治社会学者の堀内進之介先生の講義をまとめているんですが、マンツーマンで教えていただけることがうれしくてずっとニヤニヤしてました。講義を通して自分の中でモヤモヤしていた、ざっくりした考え方が言語化された。自分がひもとかれていくような気がしてうれしかったです。
池谷:脳科学的には思いが言語化されるのは快感なんだよね。今までモヤモヤしていたことがはっきりし、そこにアンカー(錨[いかり])が打たれる。次はそのアンカーを軸にものを考えることができます。つまり思考の射程が延びる。だから当初は思いもよらない遠くまで旅ができます。それこそ快感ですよね。僕は、3月に出した拙著『脳はなにげに不公平』の中で、語学の才能は遺伝だというエピソードを書いたんですが、実は哲学ができるかできないかも遺伝といわれています。りりぽんは素質がありますよ。
須藤:ワーイ、ありがとうございます!
池谷:りりぽんの本のテーマの一つ「自由」は、科学でもよくわからないんですよ。例えば、運転していて枝分かれした道にぶつかり、自分の意思で右に曲がったとします。ところが、脳の活動をずっと調べていくと、曲がる5秒くらい前に「この人は右へ曲がる」とわかる。自由意思は勘違い、後付けなんです。そんなことが脳の世界でわかってくると、自由ってなんだろうって考えちゃう。
※週刊朝日 2016年4月29日号より抜粋