翔さんは滋賀県出身で、母、弟、祖父母の5人家族。
「翔の夢は将来、捜査一課の刑事になることでした。竹を割ったような、曲がったことの嫌いな性格で、人のために尽くしたいと願っていた」(直美さん)
小、中、高と剣道を続け、3段の腕前。高校を卒業後、兵庫県警の採用試験に合格。灘署に配属された。
「灘署では褒賞をいただくほどで、仕事にやりがいを感じている様子でした。ところが、今年3月に機動隊に転属となってから『病みそうや』と悩みを口にするようになったんです」(同)
交際していたAさんは介護士の仕事をしている。当日は夜勤だったが、仕事中も可能な限り、翔さんに連絡していた。2人が交わしたラインによると、
翔さん「俺も自分が選んだ道なんやから辞めたくない。今さっき小隊長から電話あって今日のことの報告書けとかいわれた。もう完全に信用してないんやと思うわ!」(午後3時40分)
Aさん「どんな翔ちゃんでもあたしは支えるから。信用されてないのは一番つらいね。報告書かくの??」(午後3時45分)
翔さん「情けないけどいまの俺に機動隊のイジメみたいなのには耐えられん。報告書書くよ」(午後5時29分)
Aさんは本誌に状況をこう説明した。
「当日、翔ちゃんは体調がすぐれなくて、休みを取ろうとしました。すると、1日休むだけのために『診断書』を提出しろという嫌がらせを受けた。小部屋に呼び出されたり、報告書を書けと言われたり、集中的に嫌がらせにあったみたいなんです。当日から1カ月間の外泊禁止を言い渡されて、翌日に私と会う約束も果たせなくなりました」
翔さんは自殺当日の午前11時過ぎ、県警本部の職員の悩みを受け付ける「何でも相談室」に電話を入れ、こう訴えていた。
「職場でパワハラにあっていて、つらい。職場の上司が信用してくれず、人間関係が非常に厳しい。職場を変えてください」
最後のラインで翔さんはAさんにこう綴っていた。