住み慣れた横須賀から縁もゆかりもない金沢へ。不安はなかったのか。

「不安? まったくないです。だって僕は“日本すべてが故郷”と思っているから。北陸新幹線に乗れば、あっという間に東京。家内の墓参りも日帰りでできるでしょ(笑)」(鈴木さん)

 鈴木さんは、まだ福祉の支援を受けていない自立した高齢者。ここでホームヘルパー2級を取り、施設内のデイサービスで同世代のケアにあたったり、知的障害を持つ子どもたちの面倒をみたりしている。

「高齢者だけでなく、子どもたちもいて一緒に遊べて……。ここは僕にとって理想郷ですよ」(同)

 高齢者と子どもの、ちょっとした交流の場になっているのが、日用品・生活雑貨店「若松共同売店」だ。学生や高齢者、施設のスタッフが交代で店番をする。

 さっそく店を訪ねた。店頭に並ぶのは10円、20円の駄菓子だ。実は“街”ができた当初、売店には100円程度のお菓子が並んでいたが、何も買わずに帰る子どもが多かった。施設からもらう数百円の小遣いでは買えないのだ。

「もっと安いお菓子を仕入れたほうがいい」。高齢者がそんな声を上げ、安価な駄菓子が置かれるようになったという。

 シェア金沢では、元気な高齢者が、支援の必要な高齢者を支え、障害を持つ子どもたちを見守る。お互い役割ができることで、それが生きがいになっている。

 今年4月から住人となった荻野千代秋さん(74)。歩いて数分の自宅を売却して移り住んだ地元組だ。庭づくりが趣味で、40鉢ほどあった観葉植物や盆栽ごと引っ越してきた。鉢植えは“街”の至るところに置かれて、住民やスタッフの目を和ませている。

「引っ越して気になったのが、伸びっぱなしの芝でね。自宅から持ってきた芝刈り機で整えた。歩道脇の川の石もきれいに並べ替えたい。やることが山積みですよ」(荻野さん)

 ここにはレストランやクリーニング店、ボディーケアサロン、キッチンスタジオ、NPO法人の活動拠点などもある。ジャズ喫茶では近所に住む女性3人が、おしゃべりを楽しんでいた。

 シェア金沢が目指すのは、05年に廃寺となった石川県小松市の「西圓寺(さいえんじ)」を利用したコミュニティーだ。室町期創建の廃寺に、佛子園が入居。温泉を引き、食事を出すなどして地元の住民と佛子園の子どもが集える場にした。その結果、55世帯が7年後に69世帯に。若い家族を中心に増えていったという。奥村さんは今後の展望をこう話す。

「ここも地域の人たちが気軽に集まれる、住民自治の場にしたいですね」

(本誌・山内リカ)

週刊朝日 2015年11月6日号より抜粋

[AERA最新号はこちら]