家族も柏井さんも、錦織選手を試合以外でも積極的に外へ出した。松岡修造さんが主宰する合宿「修造チャレンジ」に参加すると高校生に勝った。海外遠征の話があれば行かせた。錦織選手が中学生になったころ、女子テニスの第一人者として活躍した杉山愛さんの母、芙沙子さんは、清志さんにこんな言葉をかけている。
「この子には、大きな器を用意してあげてください」
杉山さんが言う。
「才能がずば抜けていることは母を含め、誰もが認めていた。ご両親はどう育てようか、迷っておられたと思うので、背中を押す一言になったのではないでしょうか」
そして錦織選手はソニー創業者の実弟で、元副社長の盛田正明さん(87)が私財を投じて創立したテニスファンドの選抜審査を受け、強化選手に選ばれる。金銭的な援助を受け、米フロリダ州のテニスアカデミーへの留学が決まった。中学2年生、13歳のときだ。このときのことを清志さんはAERAの取材に、こう答えている。
「義務教育の途中でっていう不安はありました。でも、(中略)中卒だっていいと思ったし、リスクもある一方でテニスでトップになるには大チャンスだと思いました」
長男の才能を誰よりも信じ、全力で応援していたことがよくわかる言葉だ。さらに、どんどん外へ出ることが「当たり前」になっていたせいか、コーチの柏井さんも、
「留学も、今生の別れという感じはなかった。大学生が地元を離れて東京の大学へ行く感覚でしょうか。楽しんでこいよと、明るく送り出しました」
テニスファンドの強化選手として米留学をしたのは錦織選手含め、これまでに17人いる。留学後は毎年、ランキング目標を達成できなければ、支援を打ち切るという厳しい条件がつく。プロになるまで支援が続いたのは、錦織選手ら2人だけだ。