多くの子どもたちが直面する「実家のかたづけ」。生活空間にあふれるモノの山に「なんでこんなにため込んだの?」と親を責め立て、捨てる・捨てないの大バトルに発展しがちだ。ケンカにならない“極意”はあるのか。

 遺品整理の負担を軽くするためには、やはり親が元気なうちに一緒にかたづけるのが理想的だ。

 その好例は、シンガポールで大手証券会社のリサーチャーとして働くDさん(58)かもしれない。

 今年、母(82)の引っ越しのかたづけを手伝った。17年前、単身赴任中だった大学教授の父が末期がん発覚後ほどなくして逝った際、Dさんは子育てに加えて遠方にいて、遺品の整理は業者任せだった。

 亡き父の部屋に滞在したのはわずか数十分。自分のために買ってくれたと思えたウサギの置物と国語辞典だけを手に取り、その場を後にした。引き出しの中をほとんど見なかったのは、親子といえども、プライバシーに踏み込むのはためらいがあったからだ。

「あのときはそれが精いっぱいだと思ったんですが、時が経つに連れ、『あの部屋で、もっとちゃんと遺品と向き合えたのではないか』と後悔の念が芽生えました」

 だからDさんは今回、父の死後、東京郊外の一戸建てで一人暮らしをしてきた母が都心のマンションへの住み替えを決めたとき、「できる限り手伝おう」と思った。

 仕事と家庭に追われるDさんは、引っ越し後の整理しか担えなかった。家具以外に段ボール箱が70個。母の新居には到底入りきらず、半分近くを自ら預かったが、多くは処分した。

「でも、いる、いらないは、基本的に母の意思に任せました」(Dさん)

 時間はかかったが、作業を進める母親はすっきりした様子だった。譲られた家具は自分の趣味とは多少異なるが、「母が大事にしていたもの」と大切にするつもりだ。

「今回、母のかたづけを手伝ったことで、大学生の子どもたちに何を残すべきかを考えるようになりました。自分の老後について真剣に思いを致すきっかけになりましたね」

 
 実家のかたづけを通じて、長年暮らし続けた空間の整理は、その人の人生の後始末につながることに気づく人もいるだろう。

『若返り片付け術』(朝日新聞出版)の著者で、収納コーディネーターの宮城美智子さん(67)は「健康状態が許すのであれば、人生の終盤の家のかたづけは自分でしておきたい」と話す。

「ありすぎる物は人を縛る。年配の方には『ため込んでいると老けますよ』と伝えています」

 1万件以上のかたづけに携わった宮城さんが実感しているのは「人間は本当に必要なものだけを持つほうが大事にする」ことだ。

「洋服を30枚ぐらいに減らしてみてください。『あれはどこ?』『これをかたづけなければ』といったストレスから解放されるはずです。モノに振り回されなくなると、例えばおしゃれをもっと楽しめるようにもなりますよ」

 年を重ねた女性でも、気持ちがリラックスすることで、久しく遠ざかっていた化粧に興味が向く人が少なくないそうだ。

 宮城さんは昨年、肺がんで余命1年と宣告された80歳の女性の生前整理を引き受けた。家がきれいになると、女性は驚くほど活力を取り戻したという。

「心の風通しがよくなったんです。『レントゲンのがんの影まで薄くなった。私、来年は豪華客船の旅をするわ』と。感激しました」

 一筋縄ではいかない実家のかたづけ。だが、気の持ちようによっては、新たな世界への扉にもなる。

週刊朝日  2014年9月19日号より抜粋