7年後のオリンピック開催が決まり、東京ににぎわいが戻ってきた。招致活動の立役者である猪瀬直樹・東京都知事が、作家・林真理子氏との対談で明かした、招致活動中に亡くなった妻への思いとは……。
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林:このたびは奥さまがお亡くなりになって……。お悔やみのお花を持参いたしました。
猪瀬:お気づかいをいただいて、ありがとうございます。
林:急だったんですね。
猪瀬:そうなんですよ。5月30日にロシアのサンクトペテルブルグでオリンピック招致のプレゼンテーションがあって、出発する前の日に2人でトランクを並べて荷造りしていたんです。そしたら、家内の言葉がちょっともつれるんですよ。
林:ええ。
猪瀬:その数日前からちょっと言葉がもつれていて、1週間前に12年飼っていた犬が死んだので、ペットロスの影響かなと思っていたんです。でも、僕だって人の名前が出てこなくて、「えーと……」ってなることがよくあるし、家内も全然ふつうに家事をやっていたんです。
林:はい。
猪瀬:出発する前日は大相撲の五月場所の千秋楽で、僕、都知事杯を渡さなきゃいけないから、一緒の車に乗って、途中で病院に置いて、表彰式が終わってすぐに病院に戻ったら、そこで「余命数カ月です」と宣告されて……。悪性の脳腫瘍で。
林:そんな……。
猪瀬:もうびっくりしちゃってね。そのまま入院ですよ。僕がサンクトペテルブルグから帰ってきてから手術をしたんだけど、結局ダメで、7月3日のスイスのローザンヌでのプレゼンテーションのときには、危篤だったんです。
林:そうでしたか。それはおつらかったですね。
猪瀬:つらかった。いつ東京から訃報が届くかわからないからね。だけど、メンバーに動揺を与えてはいけないから、周りには一切言わないで。
林:7月21日に亡くなられて、東京に決まったあの日が、四十九日だったんですね。奥さまの遺影が入ったペンダントをギュッと握りしめていたそうですけど。
猪瀬:(ポケットからペンダントを取り出して)これを四十九日のブエノスアイレスでつけていたんです(ふたを開けて林さんに見せる)。
林:きれいな奥さまでしたね……。
※週刊朝日 2013年11月1日号