四大陸選手権で初優勝し、「スーパー・スラム」を達成した羽生結弦 (c)朝日新聞社
四大陸選手権で初優勝し、「スーパー・スラム」を達成した羽生結弦 (c)朝日新聞社
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 フィギュアスケート四大陸選手権は韓国・ソウルで9日に閉幕した。4度目の出場となった羽生結弦は初優勝を飾り、ジュニア、シニアを通じて主要国際大会を完全制覇する「スーパー・スラム」を男子で初めて達成。新たな金字塔を打ち立てた。

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「ホッとしたのが一番。本当はたぶん、世界選手権が一番最後に獲るべきものだったり、オリンピックが獲るべきものだったのかもしれない。でも、今シーズン、スケートカナダの呪縛だとか、先シーズンは(GP)1戦目の呪縛だとか。そういったものも、ちょっとずつ晴らしていけている。そういった意味でも、ちょっとホッとしましたね」

 大会前、スケート界に衝撃が走った。

 羽生が1シーズン半、採用していたSP『秋によせて』、フリー『Origin』の演目を、平昌五輪時のSP『バラード第1番』、フリー『SEIMEI』に変更。伝説として刻まれる名プログラムとともに、決戦の地に入った。

 SPでは自身の持つ世界最高得点を更新する111.82点。フリーでは後半の4回転トーループで転倒するなど課題を残したが、美しさと力強さを兼ね備える羽生らしさがより強調される2つの演目だった。五輪連覇の王者が見せた、新たな領域だった。

 そこにたどり着くまでの1年半、羽生は苦しんでいた。

 平昌五輪後、憧れのスケーターにオマージュを捧ぐ『秋によせて』『Origin』を選曲したが、今だからこそ羽生は振り返ることができる。「自分自身、凄くフワフワした気持ちでいた。ジョニー・ウィアーさんと(エフゲニー・)プルシェンコさんの背中を追う、少年のままいたような感じがした」。昨年末にはタイトな日程で滑ったこともあり、GPファイナル、全日本選手権と散々な結果に終わった。失意の中、全日本選手権翌日のアイスショー『メダリスト・オン・アイス』で『SEIMEI』を舞ったことで気づいた。「もの凄く自分でいられるな」と。この瞬間が、羽生復活の契機となった。

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