スポーツ医科学は、スポーツにおける競技力を向上させ、安全にスポーツを通じた健康づくりをおこなうための学問です。これまでのスポーツ医科学の歴史と、その成果がいまパフォーマンスの向上やトレーニング法の開発、けが・障害の予防などにどのように役立っているのかについて、日本臨床スポーツ医学会理事長の松本秀男医師に話を聞きました。
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スポーツ医科学は、「スポーツ医学」と「スポーツ科学」の二つに分けられます。まず、それぞれについて「槍投げ」を例に言い表せば、「槍をどの筋肉を使ってどの角度にどういう動きで投げると遠くに飛ばせるのか」を研究するのがスポーツ科学であり、「どういう投げ方だと、けがや障害を起こしにくいか」を研究するのがスポーツ医学だと説明できるでしょう。たとえ遠くに飛ばせる投げ方がわかっても、すぐにけがや障害を起こしてしまっては意味がありません。
両者には違いがありますが、「スポーツ医学」と「スポーツ科学」の間にはっきりと線を引くことはできません。研究に関してもほとんどの専門家がその両者を研究しています。スポーツ医科学の研究成果が、スポーツのパフォーマンス向上とスポーツによるけがや障害の予防に大きく貢献してきたことは間違いありません。
そもそもスポーツ医科学が注目されるようになったのは、どれくらい昔のことでしょうか。それは、戦前にまでさかのぼります。日本人が初めてオリンピックに参加したのは、1912(明治45)年の第5回ストックホルム大会のこと。その頃から日本にも近代スポーツが導入され、世界のスポーツ界のレベルに近づくために、オリンピック参加選手の強化を課題としたスポーツ医科学的研究が始まったのです。
戦後、日本が急速に復興するとともに、スポーツ界も盛んになりました。そして、1964(昭和39)年に、悲願のオリンピック東京大会が開かれることになりました。自国開催のオリンピックに向けて、日本人選手の強化をはかるための組織として、1960年(昭和35年)に日本体育協会(現・日本スポーツ協会)の中にスポーツ科学研究委員会(現在はスポーツ医・科学委員会)が発足し、積極的に選手をサポートしました。スポーツ医科学の研究はその後、競技力向上、選手強化に関する科学的な研究のみならず、スポーツ医学、運動生理学、栄養学、心理学、社会学などのさまざまな研究領域にも広がっています。