下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)
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バーン・クロンルック国境駅からバンコクまでの列車だけが運行している
バーン・クロンルック国境駅からバンコクまでの列車だけが運行している

「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第14回は「タイとカンボジア国境を走る国際列車」について。

【バーン・クロンルック国境駅の様子】

*  *  *

 国際列車がなかなか走らない。カンボジアとタイを結ぶ列車である。

 今年の7月、国境のタイ側にバーン・クロンルック国境駅が開設された。国際列車の運行が開始されれば、この駅でタイ側の出入国管理を行うことを想定したつくりになっている。しかしここから1キロほど先の、カンボジア側のポイペト駅との間に列車は走っていない。

 話は3年ほど前に遡る。カンボジアはアメリカが主導する世界銀行から融資を得て、鉄道の整備を進めた。まずプノンペンとシアヌークビルを結ぶ列車が運行をはじめ、プノンペンとポイペト間も……。しかしシアヌークビル線は3年たっても週末のみの試運転状態。ポイペト線は一瞬、運行されたが、いまは走っていない。そんななか、今年の4月にはカンボジアとタイを結ぶ国際列車が正式調印された。

 今年の8月、新しくできた駅を訪ねてみた。しかし国境では、しばらく走らないだろうという噂がしきりだった。

「理由? 中国だよ。アメリカの援助で修復された列車が走ることが面白くないって話さ」

 と国境近くで店を開く主人はいう。

 カンボジアは中国から膨大な融資を得ている。インフラや工業団地なども中国主導。カンボジアはアセアン諸国のなかで、最も中国に近い。街には中国語の看板が躍っている。

「もう中国の属国みたいなものですよ」

 プノンペンで働く日本人はいう。そのなかで起こった米中対立。世界銀行の融資で整備された鉄道に中国が反応しているという筋書きが語られる。

 前例がある。プノンペン市内を走るバス。日本のJICAの資金で整備が進んでいた。走りはじめたのは韓国製の中古バスだった。ところがそこに、中国はバスの新車、200台近くを提供。いまプノンペン市内を走っているバスの大半は中国製だ。

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平穏な国境に戻ったのだが…