「前の打席で2回三振していましたが、プレッシャーは全くありませんでした。あの夏の甲子園では2本のHRを放っていて調子がよかったのもありますが、球場の雰囲気に奮い立たされて、最高の精神状態で打席に立ちました」
カウント1ボール1ストライクからの3球目だった。
「前の球で、体寄りのボールが来ました。上体を起こされたので、次は間違いなく、外に逃げるスライダーで来るだろうと。ヤマを張って思い切り踏み込みました」
左翼手が打球を見送ったのを見て、「入った」と確信した。逆転満塁ホームラン。しかも甲子園の決勝で。スタンドは総立ちだった。本当に逆転なのか――。副島さんはダイヤモンドを一周しながら、何度もバックスクリーンのスコアボードを確認した。この回一挙5得点。
「興奮のあまり、足し算すらできませんでした。そこからの記憶はあいまいです」
選手権大会としては13年ぶりの優勝旗を地元にもたらした。
あれから12年――。副島さんは同じ佐賀県の唐津工で野球部顧問をしている。大学まで野球を続け、その後一度は地元の銀行に就職したが、野球への情熱が忘れられなかった。大学4年の時、母校・佐賀北で教育実習をしたのをきっかけに、社会人となってからも同校野球部の練習を指導していた。部員たちからの「教師になってください」という言葉に心を動かされた。
「甲子園という夢にむかって、頑張る大切さを伝えたい。私もあの試合で、最後まであきらめない大切さを学びました」
今夏の地方予選では、チームは惜しくも準々決勝で敗れた。母校の佐賀北は今年、5年ぶりに夏の甲子園への切符を手にした。
「負けていられないですね」
副島さんは今、部員19人の新チームとともに、あらたな夢に向かって進んでいる。(AERA dot.編集部/井上啓太)