ソチ五輪でロシアの団体金メダル獲得に大きな貢献をしたリプニツカヤだが、トップスケーターとしての競技生活は短かった。拒食症に苦しんだ末19歳で引退した際には、今はアイスショーには出たくない、またコーチにもならないという趣旨の発言をしている。だが、昨年フィギュアスケーター養成機関「アカデミー・オブ・チャンピオンズ」を立ち上げ、日本でもイベントを開催。指導者としての活動に力を入れており、またフィギュアスケートの世界に帰ってきてくれた。
リプニツカヤにとり、この『氷艶2019』は人生で2回目に出演するアイスショーだという。しかし、登場するだけで目を引く存在感と滑らかなスケーティング、常に美しく保たれる姿勢は、プロスケーターとしても一流であることを感じさせた。源氏物語についての母国語の文献を読んで準備をしたというリプニツカヤには、表現するための知性と意欲、そしてスケートの技術が備わっており、これからも是非ショーでそのスケーティングを見せてほしい。
日本を愛するヨーロッパのスケーターが氷上で体現する「源氏物語」は、日本文化の新しい有り様を示しているようにも思える。『氷艶2019』は、フィギュアスケートが人気を博している日本だからこそ生み出された、新たな形態のエンターテインメントなのだ。(文・沢田聡子)
●プロフィール
沢田聡子
1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。シンクロナイズドスイミング、アイスホッケー、フィギュアスケート、ヨガ等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。「SATOKO’s arena」