この記事の写真をすべて見る
 うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。46歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回は、突然の異変とその時に野上記者が取った行動について。

*  *  *

 異変は突然現れた。12月3日早朝、起き抜けに嘔吐するやいなや、急に体に力が入らなくなった。どこかに吸い寄せられるような、吸い上げられるような不思議な感じがした。意識と力の拠り所が見つからない。「もうダメだ」と観念した。いつの間にか、看護師が大勢来て、忙しく飛び回っていた。「家族を呼んでくれ」と頼んだ。

 処置されている間中、看護師や医師に「質問してくれ」と何度も頼んだ。何か質問され、答えようとするたびに頭を使って意識が整理される。なぜこのようなことをお願いしているのか、その理由も説明した。理由を説明しないと、奇妙なことを言い出した、と片づけられてしまいかねないからだ。それと同じように、体のどこかをつねるように頼んだ。それも、つねられれば、そこに意識がうまれるからだ。これも同じように理由は説明した。

次のページ
三途の川は見えたのか?