しかし、これは全く矛盾している。本来、非常に安全で、しかも、それが客観的に評価できるはずだという彼らの主張が正しいなら、損害賠償責任保険の上限を無くしても保険料はたいして高くはならないはずだ。それを含めても、原発は他の電源よりも安くならなければ、原発は安いとは言えない。
もし、保険料が高すぎて、事業として成り立たないというのなら、それは、保険会社が、原発は十分に安全ではないと判断しているということになる。原発は危なくて高いということと同義だ。
国は電力会社に原発事業を義務付けているわけではない。民間企業として、リスクが大き過ぎて運転できないのなら、経営判断として止めるのは自由。現に、いくつもの原発を廃炉にする決定がなされている。
また、「諸外国では有限責任の国が多い」という意見も出た。しかし、危険過ぎる、あるいは、ごみの処理まで入れればコスト的に合わないという理由で、国が原発を止めている 国もたくさんある。それに比べると、日本の規制は緩い。「無限責任は厳しすぎる」というのは根拠がない。
原発を動かすために、損害賠償責任を軽くしろというのは、全く本末転倒の議論だ。
◆懸念はなくなったと安心させる高等作戦
審議会の議論を見ていた私は、政府は、「損害賠償に上限を設ける法改正をしてくるぞ」と警戒した。「無過失責任を止めるという議論も出るかもしれない」「天災地変の際だけでも上限を入れるのではないか」という懸念もあった。しかし、春の統一地方選や夏の参議院選で野党の攻撃材料になるような改正は避けざるを得なかったのだろう。
実際に出てきた法案は、非常に簡単なものになった。
その第一の柱は、原発事業者などに、事故に備えて、「損害賠償実施方針」を作成して公表することを義務付けること。
第二の柱は、事故が起きた後、正確な損害額が確定していなくても迅速に仮払金を払いたい場合には、原発事業者に国がそのための資金を貸し付けること。
第三の柱は、和解仲介手続きにおける時効中断の関係の技術的な規定の整備。
これらは、少なくともその趣旨に反対するような内容ではない。
そして、第4の柱は、官僚によって、次のように解説される。
「政府が原発事業者に提供する1200億円の補償契約の規定と原発事業者が1200億円超の損害賠償責任を負った時に政府が支援できるという規定が、ともに10年ごとに期限が来るので、これらを単純に10年延長する。10年ごとの慣例的な改正である」
こう言われると、ああそうですかとなってしまいそうだ。