元テニス選手の姉まりさん(25)がSNSに上げていた文章が、その推測を補強する。
「ナオミは家族の誰かからクレーが苦手と言われたことを明かしていました。記者会見のたびに、彼女はクレーでの戦績が悪いと言われます。ローマの初戦で負けたとき、彼女は精神的にふつうではありませんでした」
「彼女の解決策はすべてをブロックすることでした。彼女の思考に疑問を抱かせる人とは話さない。だからメンタルヘルスの問題だと言っているんです」
残念だったのはアプローチの仕方だ。大坂は何かを世の中に発信するときにツイッターなどSNSを使う。幼少からインターネットの世界に浸る「Z世代」にとっては、自然なことだ。一連のBLM運動のときもそうだったし、賛同を得た。
しかし、人種差別問題と違い、今回は選手仲間、そして世間からも共感は広がらなかった。
全仏13度優勝のラファエル・ナダル(35)=スペイン=は「彼女のことは理解できるけど、メディアもこのスポーツにおいて重要な一部であるという見解を僕は持つ」と語り、錦織圭(31)も「ラファ(ナダル)が言っていたこと全てに同意する。100%、考えは同じ」と呼応した。
■周囲の助言で折れる
全仏オープンからは規定違反で1万5千ドル(約165万円)の罰金を科せられ、さらに4大大会の主催者からは共同声明で今後の4大大会から締め出すなどの厳しい制裁を下す可能性を示された。
当初は「怒りは理解の欠如。変化は人を不快にさせる」とツイッターでつぶやき、徹底抗戦の構えを見せたが、さすがに周囲の助言を受けて折れた。
全仏の棄権を発表する声明では「長い間のうつ」という強い表現を使った。この告白で「記者会見はプロの仕事の一部」といった批判は静まった。4大大会の主催者も「コートを離れている間、可能な限りのサポートと支援を提供したい」と公式に手を差し伸べた。
一見、結果オーライにも映るが、大坂がSNSによる一方通行の「主張」ではなく、大会主催者と双方向の「対話」を選んでいたら、ここまでの大騒ぎにはならずに済んだろう。
「これからコートから少し離れます」
大坂は棄権を表明したメッセージでつづった。今は心と体の休息が最優先となる。大坂をサポートする関係者によると、これまでも、繊細で感情のアップダウンがある彼女へのメンタルサポートには気を配ってきたといい、「うつ」の症状が深刻だという認識はない、と聞く。
6月28日開幕のウィンブルドン選手権は赤土同様、苦手な芝が舞台だ。出る可能性は「五分五分」で、大坂が今年最大の目標に掲げてきた東京五輪での復帰が有力視される。
得意なハードコートの大舞台が、待っている。(朝日新聞編集委員・稲垣康介)
※AERA 2021年6月14日号