この社会でみんなが仲良く、楽しく生きていけるようにしたい──。これが彼女の原動力だ(撮影/高野楓菜)
この社会でみんなが仲良く、楽しく生きていけるようにしたい──。これが彼女の原動力だ(撮影/高野楓菜)

 デザイナー・社会活動家、幾田桃子。ファストファッションが世界中を席巻していたとき、廃材をアップサイクルして「消耗されない美しい子ども服」をつくった。国連サミットでSDGsが採択されるよりも前から、「セールをしない」「ゴミを増やさない」「職人を守る」を貫いてきた。デザインには、人と社会を美しく変えるちからがある。職人が丁寧に仕立てた美しい服に、幾田桃子は社会へのメッセージを託す。

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 東京・新橋駅から歩いてすぐのところに、「堀ビル」という名の古い建物がある。小雨が降り続いた5月半ばの月曜日、その2階にある小さなブティックには、絶えず常連客の姿があった。

 そこは、デザイナー・幾田桃子(いくたももこ・47)が運営する「サヴァン・ショールーム」。彼女の店は、2021年に当地へ移転するまで、南青山で18年間「ル・シャルム・ドゥ・フィーフィー・エ・ファーファー」として親しまれていた。

 夕方、半年ぶりに訪れたという50代の女性は、艶のあるやわらかいシルクで仕立てた黒いロングスカートを、迷わず購入した。右腿(もも)の部分に反人種差別を意味する「Anti Racism」(アンチレイシズム)の文字が大きく立体的に刺繍(ししゅう)され、大粒のビーズとスパンコールが輝いている。

「自分自身が美しい存在になって、社会に問題を提起していってほしい」

 幾田は、このスカートにこめた思いをそう語る。オートクチュールのように一点ずつ仕立てられているが、「みんなが買えるような価格にしている」という。実際、同様の技法でつくられたものは、ラグジュアリーメゾンでは少なくとも2倍以上の価格で売られている。

 デザインを使って美しく、誰のことも傷つけないかたちで社会問題を提起し、その解決をめざす幾田がつくるものにはすべて、メッセージが与えられている。Tシャツには「Animal Rights」(動物の権利)の文字が刻まれ、マイクロプラスチックに生命を脅かされている海の生き物たちを、ユニコーンのような姿をした「モチちゃん」が救う絵がプリントされている。「アンチレイシズム」は以前からジュエリーで展開しており、このモチーフのリングを二階堂ふみが20年、NHK紅白歌合戦で司会を務めたときに着用し、注目された。

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