広島市教育委員会発行の教材「ひろしま平和ノート」。小学3年生用のページでは、ゲンたちの家族の様子が紹介されている
広島市教育委員会発行の教材「ひろしま平和ノート」。小学3年生用のページでは、ゲンたちの家族の様子が紹介されている

 広島市教育委員会が平和教材として使っている、漫画「はだしのゲン」。しかし、4月から掲載されないことになった。何が問題視されたのか。AERA2023年3月6日号の記事を紹介する。

【写真】2006年、原爆ドーム前に立つ中沢啓治さん

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 問題とされたのは、小学3年の教材に使われた場面だ。

 漫画「はだしのゲン」は、1945年8月6日にアメリカ軍が広島に落とした原子爆弾の被害について、作者の故・中沢啓治さんが自身をモデルにして描いた作品だ。

 主人公の少年「ゲン」は、中沢さん自身の被爆体験を元にして描かれている。実際に目の当たりにした原爆がいかに非道なものだったか、中沢さんは強い怒りを込めて描いた。英語、アラビア語など24カ国語に翻訳され、国内外で読み継がれてきた。

■「実相に迫りにくい」

 広島市の市立の学校では2013年度から、小中高一貫の「平和教育プログラム」を実施。「ひろしま平和ノート」を教材として使い、小学3年と高校1年では「はだしのゲン」の一場面を掲載していた。ところが、市の教育委員会は「被爆の実相に迫りにくい」として、新年度の4月から別の教材に差し替えることにした。それが、ゲンたちが街角で浪曲を披露して日銭を稼いだり、栄養不足で体調を崩した母親のために他人の家の庭でコイを釣ったりする場面だ。

 なぜこれが、実相に迫りにくいのか。

 広島市教委の高田尚志(たかたひさし)指導第1課長は、こう説明する。

「教材の目的は、ゲンの気持ちになって家族の大切さと平和について学んでもらうことでした。しかし、それを1回45分の年3回の授業の中で行わなければならず、時間内ではどうしても被爆の実相に近づくことができず、差し替えることにしました」

 4月からは、原爆で両親と妹3人を亡くした女性の体験を紹介する内容に差し替わる。決して、「はだしのゲン」自体を否定することではないという。

 だが、名古屋大学の中嶋哲彦名誉教授(教育行政学)は、今回の広島市教委の決定は「教育の放棄に等しい」と批判する。

「重要なのは、この作品に教材としての価値があるかどうかです。(市教委が)それを否定しないのであれば、『はだしのゲン』をどう活用するかということを考えていくべきでした」

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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