両手を交差するポーズは5歳の夏から彼女が好んで使った。家族は「くーちゃんぽーず」と呼び、葬儀の場では同級生らが同じポーズでくーちゃんを見送った(photo 三浦拓さん提供)
両手を交差するポーズは5歳の夏から彼女が好んで使った。家族は「くーちゃんぽーず」と呼び、葬儀の場では同級生らが同じポーズでくーちゃんを見送った(photo 三浦拓さん提供)

 家族が脳死になったら、臓器を提供するかしないか──。かつて長女(享年5)の脳死下臓器提供を決断した父親が、当時の揺れ動く心境を振り返った。AERA 2023年2月13日号の記事を紹介する。

【写真】日本臓器移植ネットワーク経由で移植を受けた人から届いた手紙

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 脳死は脳幹を含む脳の機能全体が失われた状態で、植物状態などとは異なり回復することはない。ただし薬剤や人工呼吸器で一定期間は延命可能で、その間は心臓が拍動し、体温も感じられる。多くの国では脳死を「人の死」と定義するが、日本では臓器提供を前提とした場合に限り、脳死が死とみなされる。

 もし、愛する家族が脳死になったら──。家族は心臓死の際とは別の決断を迫られる。臓器を提供するか否か。臓器提供の決断は、まだ心臓が拍動する家族の最期を自分たちで決めることでもある。

 いま、日本で臓器移植を待つ人は1万5851人(2022年12月末時点)。腎臓が大半で1万4千人を超えるが、心臓に限っても898人が移植を待つ。移植以外に助かる道がない人だ。一方、待機人数に対し、提供される臓器は圧倒的に少ない。22年に行われた移植は455件(脳死下または心停止後の死体移植)で、心臓は79件だった。専門医らの努力や社会的な理解増進で増加基調だが、移植にたどり着けず亡くなる人も多い。

 子どもの移植はさらに少なく、小児からの臓器提供が可能になった2010年から22年までの13年間で、6歳未満がドナーとなったのは25例しかない。

 臓器移植は、ドナーや家族の決断に支えられる医療だ。家族は深い悲しみのなか葛藤し、揺れ動きつつも移植を決める。岡山県に暮らす三浦拓(ひらく)さん(44)と家族は数年前、5歳だった長女・愛來(あいく)ちゃん(くーちゃん)の脳死下臓器提供を決断した。

(photo 三浦拓さん提供)
(photo 三浦拓さん提供)

■これ以上の後悔はない

 その日の朝、くーちゃんはかかりつけの小児科でインフルエンザと診断された。高熱は下がり始めており、顔なじみの医師とふざけあうなど比較的元気な様子だったという。だが午後になり、急変した。体温は再び上がりはじめ、40度に達した。拓さんは救急搬送が必要か電話で問い合わせた。ただ、インフルエンザであることはわかっていたし、インフルエンザなら40度の熱が出ることもある。いったんは様子を見ることになった。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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