(photo 三浦拓さん提供)
(photo 三浦拓さん提供)

 意見がまとまらず、時間は刻一刻と過ぎていく。脳死下臓器提供の決断に使える時間は有限だ。脳死状態になってから心停止まで、大人の場合で多くは数日から2週間。子どもの場合、比較的長期間脳死状態が継続するケースもあるが、臓器の状態は日々悪くなる。血液検査などの数値も、全身状態の悪化を表していた。それでも、拓さんは家族の「説得」はしなかった。

「『人のためになりたい』と言っていたくーちゃんのためにも、家族が将来少しでも前を向くためにも、提供したほうがいいだろうとは思っていました。それでも私自身奇跡が起きないかと心のどこかで願っていたし、家族の説得もしていません。口先で納得させても、後で絶対にほころびが出る。より強く後悔させてしまうと思ったからです」

移植を受けた人の様子は、希望すれば日本臓器移植ネットワークから定期的に伝えられる。ネットワーク経由で手紙が届くことも(photo 三浦拓さん提供)
移植を受けた人の様子は、希望すれば日本臓器移植ネットワークから定期的に伝えられる。ネットワーク経由で手紙が届くことも(photo 三浦拓さん提供)

■家族3人で川の字に

 そのまま数日が過ぎたある日、脳に新たな出血箇所が見つかった。ただ、出血に広がりがない。出血量が少ないわけではなかった。広がる余地がないほど脳が腫れていたのだという。これ以上「がんばれ」というのは酷だった。その日、誰からともなく「移植しようか」と口にした。

 2度の法的脳死判定が終わり、搬送から27日目にくーちゃんの脳死が確定した。脳死判定の基準は厳格だ。脳幹の機能が消失しているかを確認するために、角膜を綿で刺激したり、耳に冷たい水を入れたりする検査もある。拓さんはこう振り返る。

「立ち会っていて、本当につらかった。1回目の法的脳死判定が終わったときほど泣いたことはありません。脳死が確定したあと、摘出の前夜は集中治療室のベッドの横にストレッチャーを出してもらって、家族3人で川の字になって寝ました。看護師長さんは、『こんなに朝が来なければいいのにと思ったことはない』と言って妻と抱き合って泣いてくれた。くーちゃんの祖父母も朝4時に集まって、皆で送り出しました。一番最後までくーちゃんに触れていたかったけれど、それは妻のほうがいいだろうと思って妻より少しだけ早く手を離して……」

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