佐渡裕(さど・ゆたか)/1961年生まれ。トーンキュンストラー管弦楽団音楽監督、兵庫県立芸術文化センター芸術監督、新日本フィルハーモニー交響楽団ミュージック・アドヴァイザー(左)、鳴戸勝紀(なると・かつのり)/1983年生まれ、ブルガリア出身。琴欧洲として活躍。現在は年寄、15代鳴戸として鳴戸部屋の師匠を務めている(photo 写真映像部・加藤夏子)
佐渡裕(さど・ゆたか)/1961年生まれ。トーンキュンストラー管弦楽団音楽監督、兵庫県立芸術文化センター芸術監督、新日本フィルハーモニー交響楽団ミュージック・アドヴァイザー(左)、鳴戸勝紀(なると・かつのり)/1983年生まれ、ブルガリア出身。琴欧洲として活躍。現在は年寄、15代鳴戸として鳴戸部屋の師匠を務めている(photo 写真映像部・加藤夏子)

 指揮者・佐渡裕が、東京都墨田区の鳴戸部屋を訪問した。佐渡はオーケストラ音楽を通じて、鳴戸勝紀親方は相撲を通じて、地域の活性化にも取り組んでいる。AERA2022年9月12日号から。

【写真】土俵で相撲のポーズをとる佐渡裕さんと鳴戸親方

*  *  *

──佐渡裕は、今年4月から、新日本フィルハーモニー交響楽団(東京都墨田区)のミュージック・アドヴァイザーを務めている。同時に区の「すみだ音楽大使」にも就任。地元の名所や企業などを訪ねて魅力をアピールするWeb動画「すみだ佐渡さんぽ」も配信中だ。来春4月には同楽団の音楽監督に就任する。

 8月、以前から熱望していた鳴戸部屋の朝稽古を見学にやってきた。午前9時前に到着すると、稽古場では十数人の力士たちが「ぶつかり稽古」の真っ最中。土俵の周りでは、20~30キロもの石球を両手で持って摺り足をしたり、鉄砲柱をバシッバシッともろ手で突いたり……。

 鳴戸勝紀親方は、傍らの板間から、熱心に指導している。部屋の筆頭である十両の欧勝馬と幕下の欧勝竜の「三番稽古」ともなると、迫力満点だ。

佐渡:ハードなことをやっているので驚きました。

親方:稽古は朝の7時から。午後にはストレッチをやります。

佐渡:へえ、スゴイなあ。

■楽団の能力引き出す

──稽古は10時半前に終わり、入浴、ちゃんこ、休憩になる。

 佐渡は親方に見せようと持参した、ベートーヴェンの交響曲第9番のスコアを広げた。交響曲はたいてい20種を超える楽器で演奏される。それらの五線譜が地層のように上下にズラリと並ぶ。オーケストラの楽譜を初めて見た親方はびっくりだ。

 指で譜を示しながら、解説が始まる。

佐渡:一番下が弦楽器、金管楽器はここ。第九は合唱もあって……。

──「歓喜の歌」を口ずさみながら、分厚いページを繰っていく。

親方:どうやって覚えるの? うちの子どもたちのピアノ譜と全然違うね。うちは小学5年の長男と2年の長女がピアノを習っていて、近くのホールに発表会を聴きに行ったばかりだよ。

佐渡:音を頭に入れてコツコツとやっていくしかないのだけれど、第九はもう200回以上やっているから、身体に入ってる。写真みたいに全部ね。

親方:相撲も身体で覚える。筋肉に記憶させるみたいに。土俵ではたった一人だから、稽古が不十分だと震えて、とても戦えない。自分との闘いでもあるんだ。

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