さらに新型コロナウイルス対策で厳格な規制を敷く中国でのツアー開催は、今年は一度もない。新たな変異株「オミクロン株」の脅威が浮上し、来年の予定も見通せない今、中国開催はそもそも難しい事情もある。

 19年秋、米プロバスケットボール(NBA)、ヒューストン・ロケッツのダリル・モーリーGMが香港の民主化デモへの支持をSNS上で表明したことがあった。中国側は猛反発し、ロケッツの試合の放送や配信見合わせで対抗し、モーリーGMは謝罪に追い込まれた。同じ年の12月には、サッカーのイングランド・プレミアリーグ、アーセナルに所属していたメスト・エジル選手のSNS上での発言が炎上した。トルコ系でイスラム教徒であるエジル選手は中国国内でイスラム教徒のウイグル族が弾圧されていると書き込み、中国国営のテレビがアーセナル戦の放送を取りやめるなどの事態に発展した。

 こうした香港の民主化運動への賛同や、新疆ウイグルやチベットの自治区での少数民族弾圧に抗議するスポーツ界からの動きについて、中国政府は「内政干渉だ」と突っぱねてきた。

 しかし、彭帥さんの告発は性的搾取であり、事実だと認定されたら、反論はできない。

■民主主義と専制主義

 また、チャドウィック教授は、こうも語る。

「WTAの本部は米フロリダ州にある。幹部もリベラルな考えを持つ民主主義国家の人間が大半だ。これは米中問題でもある」

 民主主義vs.専制主義という対立の構図だ。

 その見立て通りに米国は仕掛けた。11月19日、ホワイトハウスの報道官が消息不明の彭帥さんについて真相解明を求め、中国における「言論の不自由」を批判した。

 来年2月に開幕が迫る北京冬季五輪は、ジョー・バイデン米大統領にとって格好の政治カードだ。米国は12月6日、中国の人権侵害に対する抗議として、北京冬季五輪に政府当局者を派遣しない「外交ボイコット」を宣言した。中国などに対抗する狙いから、110を超す国・地域の指導者らを招いた初の「民主主義サミット」を9、10日に開く目前でのタイミングは、偶然とは考えにくい。(朝日新聞編集委員・稲垣康介)

AERA 2021年12月20日号より抜粋