異世界ファンタジーである「八咫烏シリーズ」は、人間の姿に変身することができる八咫烏の一族の物語。平安王朝風の異世界・山内(やまうち)を舞台に、皇子・若宮と側近の青年・雪哉を中心とした個性豊かなキャラクターたちの后選びや政争、天敵・大猿とのバトルなどを描きつつ、日本神話にも通じる壮大な世界観を色彩鮮やかに創り出している。読者は推理したり予想したりしながら読み進めると、ことごとくどんでん返しの憂き目に遭い、口惜しさと同時に爽快感を味わう。

「和風ファンタジー」と銘打って売り出されたことから当初は読者の多くが10代、20代だった。だがシリーズが進むにつれ、異世界・山内で繰り広げられる物語にジェンダー、ミソジニー、国家分断、テロ、人種差別、国家権力、支配と被支配、あるいは神の絶対性まで問うような社会性が透視できることから、社会の前線に立つ30代、40代の女性ファンが増えだした。

 阿部はテーマ性について語ると、マシンガントークがさらにスピードを増す。

「ファンタジーであれ歴史小説であれ、そこに現代の問題を問うテーマ性は必要だと思います。ただ私は、一巻ごとに異なるテーマを込めてストーリーを創作していますが、それが何かは言いません。読者はそれぞれ人生経験が違うので独自に感じ取ってほしい」

 八咫烏シリーズは、際立ったキャラクターを持つ主役級が何人も登場し、場面によって主役が入れ替わることがある。読者は一瞬戸惑うものの、周到に計算し尽くされた上でストーリーが構成されているため、違和感はない。複数の視点で物語を展開するのは阿部の特徴の一つでもあるが、文藝春秋「オール讀物」編集長の川田未穂(48)は、この手法は実はベテラン作家でも難しいと語る。

「視点がぶれてしまうからです。阿部さんにも当初はこの主語は誰?という指摘をしたことがありますが、頭の中に表現したいことがあまりにも多すぎて出力が追い付かない感じでした。ただ一作ごとにそれは整理され、複数の視点を用いることで、物語に重層感を与えることに成功しています」

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