(撮影/写真部・掛祥葉子)
(撮影/写真部・掛祥葉子)

 抗菌薬が効かない「耐性菌」が、国際社会の大きな課題になっている。2014年に発表されたレポートでは、世界中の死者は少なくとも70万人に上る。何も対策をとらなければ、1千万人が命を落とす可能性もあるという。AERA 2020年1月20日号から。

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 耐性菌に関してショッキングなニュースがある。

 国立感染症研究所(感染研、東京)の研究によると、海外発の強い薬剤耐性を持つ大腸菌などの腸内細菌科細菌による感染症が国内で増えているという。

 法律に基づいて検査を始めた17年は13例だったが、18年は42例にまで増えた。確認された場所を見ても、6都県から16都道府県に広がった。

 ここで分析されている耐性菌は、抗菌薬「カルバペネム」が効かない腸内細菌科細菌のうち、薬の成分を壊す酵素をつくる海外型の耐性遺伝子を持つタイプだ。ちなみに、カルバペネムは抗菌活性に優れ、「伝家の宝刀」すなわち最終手段として温存しておきたい強い抗菌薬だ。

 17年と18年に見つかった海外発の耐性菌55例のうち、渡航歴がないか、不明だったものが41例あった。感染研薬剤耐性研究センター長の菅井基行さん(60)が言う。

「海外に駐在していた人が病気になったり、交通事故に遭ったりして、現地の病院に入院します。そこで耐性菌をもらって帰国して見つかる、というケースがかつては非常に多かった。ところが今回は、海外渡航の経験がない人からも出ていました」

 渡航歴がない人に海外発の強い耐性菌が見つかるということは、海外渡航経験者や海外滞在者を含め、周囲の人からそれらの菌をもらっているため、と推測される。

 耐性菌対策は、すでに国際的な課題だ。15年5月には、WHO(世界保健機関)が「薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プラン」を採択。16年5月の伊勢志摩サミットでは、G7諸国が協調してAMR対策に取り組む方針が定められた。

 厚労省結核感染症課の加藤拓馬課長補佐(37)によると、この大きな流れをつくったのは、14年の英国の経済学者、ジム・オニール氏による報告「オニール・レポート」だ。レポートによると、薬剤耐性による世界中の死者は現状では少なく見積もって70万人に上る。さらに、何も対策をとらなければ、2050年には1千万人に達する見込みだという。ちなみに、18年のがんによる死者は世界中で960万人いるという推計がある。耐性菌は、がんと同じ程度の脅威になる恐れがある。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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