抗菌薬が使われる状況も期間も限られていく中で、抗菌薬市場自体の縮小が見込まれている。新薬の開発は難しく、米国では昨年、アカオジェンという会社が倒産した。多剤耐性菌による感染症治療薬を開発した翌年のことだ。マーケットを熟知するある製薬会社の社員は「抗菌薬市場でビジネスを継続することは難しくなっている」と言う。

 このままでは、耐性菌による感染症を防ぐ手段は枯渇しかねない。人類滅亡の危機もあるのか。国立国際医療研究センター病院(東京)の情報・教育支援室長、具芳明(ぐよしあき)医師(47)に尋ねると、明確に否定した。抗菌薬の歴史は70年余りだが、人類は長い歴史のほとんどを抗菌薬なしで過ごし、発展してきた経緯があるからだ。ただ、こうも付け加えた。

「対策をとらなければ、抗菌薬がない時代に戻る可能性はあります。いろんな場面で病気の治療の選択肢が減り、世界中の平均寿命は今よりも短くなるでしょう。だから、今ある抗菌薬をできるだけ長く使えるようにしなければいけないのです」

 必要な時に限って、適切に使う。医療従事者だけの問題ではない。危機を我がこととして受け止められるかどうか。世界中の人たちに突きつけられている。(編集部・小田健司、川口穣)

AERA 2020年1月20日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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