裏社会、といってもハードな暴力が主題ではない。一番の主役は変動する中国の姿ともいえる。これまでにも移ろいゆく時代や景色、変化をテーマにした作品が多い。

「私は社会が変革するなかで変わっていく人間の運命に非常に関心があります。近代中国で市場経済は社会に活力を与え、豊かさをもたらしましたが、変化についていけず、取り残された人々も多くいる。私は小さな田舎町に育ち、周りの人々がいかに政策の変化で大きな影響を受けるかを目にし、身をもって感じてきました。映画作りを重ねるなかで、彼らに光を当てたいと強く思うようになったのです」

 もともと芸術大学で油絵を専攻していたがチェン・カイコー監督の「黄色い大地」(84年)を見て映画を志し、小津安二郎、溝口健二、大島渚監督らにも影響を受けてきた。

「来日回数は数え切れないほどです。俳優のオダギリジョーとも親しいので、彼の初監督作『ある船頭の話』を楽しみにしているんです」

◎「帰れない二人」
監督のミューズであるチャオ・タオが変化のなかを生き抜くヒロインを凜と演じる。全国順次公開中

■もう1本おすすめDVD 「山河ノスタルジア」

 ジャ・ジャンクー監督の「山河ノスタルジア」(2015年)も、男女を描きながら激動する中国社会の変化と風景に想いをはせさせる作品だ。

 1999年、中国・山西省。教師のタオ(チャオ・タオ)は幼なじみの二人から思いを寄せられる。炭鉱で働くリャンズーは朴訥な好青年。実業家のジンシェンはスポーツカーを乗り回し、まさに「中国の未来」を表すかのようだ。タオが選んだのはどっち?

 よくあるラブストーリーのようで、15年後、その11年後と物語が進み、変化する世界が俯瞰で見えてくるのがさすが。監督の作品にはどれにも悠久の時の流れを感じさせる独特の空気があるが、その秘密を聞くとこう答えてくれた。

「映画は往々にしてストーリーを追おうとするけれど、私は登場人物をその空間に置いたときの“場所”を主役にして撮っているんです。あまり人物ばかりを追わないようにするよう注意を払いますね」

 ペット・ショップ・ボーイズのヒット曲が大音量で流れるインパクトも絶大だ。「帰れない二人」でも「Y.M.C.A.」が印象的に使われている。いずれも当時、中国のディスコで大ヒットし「あの時代を描くとき必ず浮かぶ曲」だそうだ。

◎「山河ノスタルジア」
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
価格5000円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2019年9月16日号