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「最後は結弦が決めた」ブライアン・オーサーが語るロシア杯の裏側

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野口美恵AERA#羽生結弦
男子SPの演技後、ともに喜ぶブライアン・オーサー(左)。「結弦はこの9年間で初めてグランプリ大会を連覇しました。自らの限界を引き上げていく挑戦を楽しみ、日々進化しているのです」=2018年11月16日、ロシア (c)朝日新聞社

男子SPの演技後、ともに喜ぶブライアン・オーサー(左)。「結弦はこの9年間で初めてグランプリ大会を連覇しました。自らの限界を引き上げていく挑戦を楽しみ、日々進化しているのです」=2018年11月16日、ロシア (c)朝日新聞社

けがを抱えての演技で優勝。日本で精密検査を受け、GPファイナルと全日本選手権の出場を判断するという (c)朝日新聞社

けがを抱えての演技で優勝。日本で精密検査を受け、GPファイナルと全日本選手権の出場を判断するという (c)朝日新聞社

 羽生結弦をソチ五輪、平昌五輪の王者へと導いた名将ブライアン・オーサー。タッグを組んで7年目、ロシア杯ではけがを乗り越え優勝した。今後2人が目指す未来についてオーサーに聞いた。

【松葉杖でも笑顔で登壇した羽生結弦の写真はこちら】

*  *  *
――トロント郊外の高級住宅地にたたずむ会員制スポーツクラブ「トロント・クリケット・スケーティング&カーリング・クラブ」。ここが、キム・ヨナ(28)に始まり、羽生結弦(23)、ハビエル・フェルナンデス(27)らを世界に送り出してきたブライアン・オーサー(56)の指導拠点だ。

オーサー:勇敢な選手たちのお陰で、私のチームは3大会連続で五輪メダルを獲得しました。誰もがチーム・ブライアンの強さの秘訣を尋ねますが、その答えは「コミュニティー」です。選手が大半の時間を過ごすこの場所は、お互いを助け合い、成功を共に喜ぶ一つの村なのです。その一体感は五輪という特別な場所で、練習への自信や仲間のいる心強さにつながるのです。

――チーム・ブライアンの一体感が、平昌五輪の連覇を支えたという。では実際にどんなドラマがあったのか。オーサーは今年11月、『チーム・ブライアン 新たな旅』を出版し、平昌五輪までの知られざるエピソードと、今後について語っている。

オーサー:皆さんは、五輪シーズンにどんな練習をし、どんなジャンプを跳んだのか、ということばかり話題にします。しかし実際に重要なのは、五輪のプレシーズンまでに準備をどれだけ終えているかです。今回の結弦は成熟さを問われました。

――では、どんな準備をプレシーズンまでにしていたのか。

オーサー:実力を磨いておくのは当然の準備の一つです。しかしもっと大切なのは、どんな問題が起きても慌てないための準備です。五輪シーズンは無理をしやすく、けがや病気の可能性も高い。休養した場合に、何日練習すればピークの体調に持っていけるかというシミュレーションを、6年かけてつかんでいました。

――羽生は2018年2月の平昌五輪直前、17年11月のNHK杯公式練習で4回転ルッツの練習中に転倒、致命的なけがを負った。帰国直後のミーティングで、オーサーと羽生はある約束を交わしたという。

オーサー:誰もが、五輪連覇は難しいと思ったことでしょう。しかし私は慌てませんでした。結弦は松葉杖をついて歩くほどのけがでしたが「五輪で優勝したい」と言いました。それで私たちは二つの約束をしました。一つは「ルッツもループも無くても300点を超えられる」ということ。そして練習を再開してピークになるまで、結弦の場合は6週間。だから「年内は無理せず治療」ということでした。


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