稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
韓国で出版された本たち。やはりアフロがアイコンに。アフロじゃなかったら今の私はどうなっていたのか(写真:本人提供)
韓国で出版された本たち。やはりアフロがアイコンに。アフロじゃなかったら今の私はどうなっていたのか(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 こんなことは我が人生において最初で最後と思われます。私の本が韓国で翻訳出版されたことをきっかけに、なんと「ソウルで講演を」というお話をいただき、現地の新聞社にお呼ばれしてノコノコ出かけたアフロ。

 で、行って驚いたことには私、なんか有名人……!? 食堂や市場では写真撮影を依頼され、2度の講演も、人なんて来るんかねという懸念をよそに満員。本屋さんのブックトークには30人の定員のところ300人の応募があったそうで、何がどーなっているのやらと今更ながらビビる。

 で、どんなモノ好きが来られるのかと出版社の方に聞くと、モノ好きどころか皆さま深刻な悩みを抱えておられるというのです。韓国では不況を背景に過酷な競争や労働が問題になっており「会社を辞めたい」「でも辞めたら生きていけない」という出口のないジレンマに悩む人が山ほどいるらしい。そこへ拙著『魂の退社』が翻訳出版されたもんだから、会社を辞めて幸せになるなんてことがあるんかいなと話題になり、それを機に多くの退社本が出され、書店に「退社本コーナー」まで設けられる事態になったというではありませんか!

 改めて驚愕する。だって私はあくまで日本の片隅で暮らすローカルな自分の悩みや体験をつづったにすぎない。韓国は2度ちらりと行っただけ。それも25年前。その近くて遠い異国の方々に、私の体験が受け入れられるとは夢にも思わなかったのです。

 なるほど「分断」が現代のキーワードですが、我々は悩みでつながれるのかもしれません。喜びを共にするのは案外難しいが、悩みは国境も越える。だとすれば、悩みや苦しみだらけの世界には希望があるってこと?

 しかし韓国の悩みは深い。トーク後のサイン会で「仕事が苦しい。一つの喜びも見つけられない」と話しかけてきた若い女性がいました。焦って「あなたなら大丈夫!」などと陳腐なことしか言えず、悲しそうな笑顔で帰った彼女が忘れられません。ああどう答えたらよかったのか。

AERA 2018年11月26日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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