父親は年々、少しずつ病状が進行し、「まるで、ジグソーパズルのピースが一つずつ消えていくように」できないことが増えている。言葉が出にくくなり、着替えや入浴、排泄で介助が必要で、大橋さんも自然に母親を手伝うようになった。「見た目は父親ですが、小さい弟ができたようです」と大橋さんは言う。

 父親の病気について、大橋さんをひどく悩ませたのは「若年性認知症に対する周囲の理解のなさ」だった。

 中学時代、友人からは「家が貧乏なのは、お前の父親がプー太郎だからだ」と言われ、高校時代の教諭からは「勉強ができないことを親のせいにするな」と説教された。それでも「親が認知症になって、どれだけ苦しい状況になっても、絶対に親を否定してはいけない」と考えて生活してきた。

 そんなとき、「若年性認知症と向き合う子ども世代のつどい」(若年性認知症ねりまの会MARINE、通称まりねっこ)は精神的な支えになった。友人や周囲の人とでは難しかった、経験や悩みの共有ができたからだ。

「まりねっこ」は、09年、立教大学コミュニティ福祉学部助教の田中悠美子さんら6人で設立した。当時、子ども世代が集まるコミュニティーは全国で初めてだった。口コミで参加者が増え、現在は37人がつながる。

 田中さんも小学生の頃から、認知症の祖父の介護が身近にあった。「認知症本人と家族の地域生活支援」を研究テーマとする。

「ヤングケアラーの中には、病状の進行による親の姿への心理的なサポートの必要性、学力の低下や友人関係の困難さ、不登校など、学校生活に関わる悩みを抱える人もいます。孤立を防ぐための相談しやすい環境づくりや経験を共有する場が求められています」と田中さんは言う。

 同会のメンバーで会社員の齋藤香澄さん(23)は、9年前、父親が48歳のとき、「軽度認知障害(MCI)」と診断された。買い物に行くことを忘れたり、車の運転中、ウィンカーを出し忘れたりした。香澄さんは当時中学3年、妹はまだ小学生。父親がデイサービスの送迎車に乗り降りする姿を「友達に見られたくない」と妹が話していたことをよく覚えている。

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