当然、オリジナルの要素を入れて再構成するにしても、プルシェンコとウィアーを象徴するプログラムであるために、躊躇する気持ちがなかったわけでもない。

 しかし、とりこになった小学生のときのまま、自分に正直であろうとした。2人には4月、東京都内でのアイスショー、「コンティニューズ・ウィズ・ウィングス」で直接使用を申し出て、快諾された。

「あのころの自分は、プルシェンコさんやウィアーさんの演技を見て、『この曲、使いたいな』と思いながら滑っていました。また、曲を聴きながら、マネをしたり、楽しんだりしていた自分がいた。初心に帰って、スケートを楽しんで、スケートを自分のためにやるということを感じながら滑れるかな、ということを思いました」

 そしてもう一つ、羽生の意識をリンクへと向けさせたものがある。ジャンプだ。

 世界で誰も成し遂げていない「4回転アクセル」の成功を目指す。もともと、トリプルアクセルには絶大な自信を持っている。高い浮上、伸びやかな跳躍は、トリプルアクセルの理想像といっていい。

「アクセルは、僕のモチベーション。自分の根源にある。小学校低学年のときに、1時間の練習でも、45分くらいはアクセルの練習しかやっていなかったので。その、アクセルへの思い、難しさも感じながら、降りたときの達成感がスケートを好きにさせていった大きな要因でした」

 トーループ、サルコー、ループ、フリップ、ルッツ、そしてアクセル。6種類あるジャンプで、ルッツまでは4回転に到達した。

 羽生自身、4回転ループを世界で最初に、国際スケート連盟(ISU)公認の大会である16年のオータム・クラシックで跳び、第1号として認められている。それでも、アクセルだけは譲れない。

「練習は、毎日はできなくて。足首の不安はそんなにないんですけど、やはり衝撃はものすごく大きなジャンプなので、体調をみながらやっています。思うのは、やっぱり、アクセルが好きだな、と。楽しいですね、やってて。跳べるまでの過程だとか、そういったものも一つひとつ楽しみながら、すごく頭を使いながら練習しています」

 練習拠点にしているカナダ・トロントのクリケットクラブでは、実績はもちろん、年齢的にもクラブの長男的存在になった。日々の練習の最後、クールダウンの滑走ではブライアン・オーサー・コーチ(56)や、トレーシー・ウィルソン・コーチ(56)に続き、他の選手たちを導くように先頭に立つ。

「今、自分が成績としても、トップでいなくてはいけないんです。でもある意味、仙台で練習しているときもそうだったんですね。年齢は上じゃなかったんですけど、一番お手本にならなくてはいけないような状況にあったので」

 使う曲も、挑むジャンプも、練習環境も、ただ、舞い、跳び、滑るのが楽しかった時代へと戻った。また今シーズンから採点方式が変更されることで、過去の偉大な得点は「歴史的記録」と位置づけられ、一からのスタートとなった。

 それらはまさに、新しい羽生結弦の誕生を、意味するのかもしれない。

「今まで、自分のスケートをしなくちゃいけない、期待に応えなくてはいけない、結果を出さなくてはいけないって、プレッシャーがすごくあった。今、それが外れていて。自分がスケートを始めたきっかけというのは、やっぱり、楽しかったから。スケートを滑って、自分の夢を追いかけて、その過程が楽しかったから」

 羽生はいつも、誰かのためにがんばってきた。その姿に、我々は魅了された。これからは、自分のためにがんばる。その演技にも我々はまた、心を打たれるのだろう。(朝日新聞スポーツ部・山下弘展)

AERA 2018年9月17日号