被災地ルポ 真備町で避難者参加の「班長会議」はなぜ成功したのか (1/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

被災地ルポ 真備町で避難者参加の「班長会議」はなぜ成功したのか

このエントリーをはてなブックマークに追加
川口穣AERA

災害ごみの集積所となった校庭には大量のごみが集められていた(真備中学校)。集積所に持ち込まれるごみの量は「減っていない」という(撮影/編集部・川口穣)

災害ごみの集積所となった校庭には大量のごみが集められていた(真備中学校)。集積所に持ち込まれるごみの量は「減っていない」という(撮影/編集部・川口穣)

岡田小学校避難所に置かれたパネル。訪れたボランティアや避難者らが復興への思いを書き込んでいた(撮影/編集部・川口穣)

岡田小学校避難所に置かれたパネル。訪れたボランティアや避難者らが復興への思いを書き込んでいた(撮影/編集部・川口穣)

岡田小学校避難所の班長会議の様子。支援団体のスタッフがファシリテーターを務め、市職員らも加わる(撮影/編集部・川口穣)

岡田小学校避難所の班長会議の様子。支援団体のスタッフがファシリテーターを務め、市職員らも加わる(撮影/編集部・川口穣)

 西日本豪雨の発生から1カ月あまり。いまなお復旧作業は続けられており、避難生活の長期化も予想されている。行政からの「押しつけ」でない自主運営に取り組む避難所も出てきた。

【写真】ボランティアや避難者らが復興への思いを書き込んだパネルはこちら

*  *  *
 岡山県倉敷市真備町の県道54号線に沿った歩道は、カピカピに乾燥した泥と、流れ着いたと思われる枝葉で覆い尽くされていた。

 ここ真備町でも復旧作業が急ピッチで進み、車での通行にはあまり支障がない。しかし、辺りを見渡すと、災害の爪痕は色濃い。いまだに片づけが手つかずの家もある。仮設住宅の建設も始まったが、先行きの見えない避難者も多く、避難生活は長期化も予想されている。

 19時半。倉敷市で最多の340人(8月6日現在)が避難生活を送る岡田小学校避難所では、夕食の配食が着々と進んでいた。この日の夕食は唐揚げ弁当。避難所内の自分のスペースで食事する人が多いが、校庭で箸を動かす人もいる。

「贅沢を言えば生野菜や温かいものが食べたいけれど、3食しっかり食べられるだけでありがたいですね」(40代・男性)

 19時前後から始まった食事の提供が終わろうとしていた頃、避難所の一室に20人ほどの避難者が集まっていた。60代、70代くらいの男性が多いが、女性や30代、40代の参加者もいる。彼らは、岡田小学校避難所の「班長」たちだ。

 岡田小学校では、避難所生活のルール作成や避難者の意見を市側に伝える場として、班長会議が7月21日から開かれている。避難している教室ごと、体育館など大教室の場合は生活するブロックごとに、避難者同士の話し合いで班長が決められた。会議では生活改善のための方策を話し合ったり、情報の共有を担ったりする。立ち上げ当初は毎日、現在は月・水・金曜日の週3回、この会議が行われている。

 これまでに、班長会議での話し合いに基づいて食事の配食方法を見直したり、重要な情報を貼り出す掲示スペースを校内5カ所に設けたりと、生活改善が進められてきた。

 班長会議は、岡田小学校に派遣されていた倉敷市の職員のひとりが提案した。倉敷市の職員は当初、12時間ごとの交代制で、同じ職員が避難所に入るのは4日に1度というシフトだった。

「現場の状況を正確に把握したり、環境を改善したりするのが難しく、起こった問題に対処するのが精いっぱいでした。ならば、何とか避難している方と一緒に運営を考えないと、と思ったんです」(市職員)


トップにもどる AERA記事一覧

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい