内田樹「私は『ブリュメール18日』を時評的な文章の一つの理想だと思っている」 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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内田樹「私は『ブリュメール18日』を時評的な文章の一つの理想だと思っている」

連載「eyes 内田樹」

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内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

私は『ブリュメール18日』を時評的な文章の一つの理想だと思っている(※写真はイメージ)

私は『ブリュメール18日』を時評的な文章の一つの理想だと思っている(※写真はイメージ)

 このドキュメントに登場する政治家や軍人たちは二流三流の人物ばかりで、共感できる人物がみごとに一人も出てこないし、掬(きく)すべき歴史的教訓も見当たらない。けれども、タイトルロールのナポレオン3世以外の登場人物を誰も思い出せないこの政治的事件を叙したマルクスの本は、書かれてから150年後も世界中の言語に訳されて読まれ続けている。

 読者たちは別に遠い大昔のクーデターの詳細な実相を知りたくて読んでいるわけではあるまい。けれども、マルクスの文体の疾走感、修辞の鮮やかさ、論理の跳躍力は読者を惹きつけて離さない。

 私は『ブリュメール18日』を時評的な文章の一つの理想だと思っている。私がこのコラムで扱うトピックの多くを10年後の読者はたぶん思い出せないだろうけれど、それでも「読み出したら止まらず、つい最後まで読んでしまった」というようなものを書きたいと思っている。

AERA 2018年8月13-20日合併号


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内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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