日本だったら苛立って怒声をあげる客やカートを放り出して店を出てしまう客がいるだろうが、フランス人たちはじっと無言のまま待ち続けている。職員がミネラルウォーターを「お詫びの気持ち」として客たちに1本ずつ配っていた。

 10分ほどして機械が動き出し、人々は何ごともなかったようにレジで精算していた。スト慣れしていることと関係があるのかもしれない。

 もう一つはオデオンのカフェでW杯の日本―ベルギー戦を観戦していた時。場所柄か日本人客が多かった。隣席の若者たちはビール一杯だけで2時間近く席を占拠していたが、店員は何も言わなかった。

 試合が日本の敗戦で終わった時に、不意に店内に「君が代」が流れた。勝ったら祝福のため、負けたら慰めのために、店が音源を用意していてくれたのだろう。

 カウンターを振り返ったら、店員が親指を立てて、にっこり笑いかけてくれた。「大人の接客」だと思った。

AERA 2018年7月16日号

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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