気になる食べ物があると、伊藤さんはまっしぐらにハマる。おむすびにめざめると、いろいろなコンビニのものを買い、食べ比べ、亡くなった親に食べさせたかったと思う。

 あるいは考察する。ドーナツの穴からカトリックの四旬節を。カリフォルニアロールを食べながら、日本を離れカリフォルニアで暮らす自分自身が何者なのかを。

「おいしい、まずいだけでなく、比較文化のように、食べ物をめぐって話をするのが好きなんですね。枝元さんも話していると、スッと文化人類学みたいなほうに話がいく。この料理はどこから来たのか、名前の由来は?などなど、食べ物についてあれこれ話す楽しさったらありません。死んだアメリカ人の連れ合いもそうだったし、友人たちも食べ物について語る人が多い。私にとって食べることは生き方そのものでもありました」

 そうした日々の修練の賜物があってこそ、伊藤さんの食べ物についての表現は、冒頭に紹介した文章のように印象的で強いのだ。

「帯には食エッセーと書いてあるけれど、自分としては詩や小説のように、作品として書いています」

 読めば食べ物に対する意欲がムクムクとわきおこり、「ウマいもの」が食べたくなってくる本なのだ。

(ライター・矢内裕子)

AERA 2018年6月25日号