中央にある推定樹齢が250年という通称“モロンジョの木”は、「ネズミサシ」と呼ばれるヒノキ科の針葉樹。映画「Vision」でもシンボルとして登場する(撮影/植田真紗美)
中央にある推定樹齢が250年という通称“モロンジョの木”は、「ネズミサシ」と呼ばれるヒノキ科の針葉樹。映画「Vision」でもシンボルとして登場する(撮影/植田真紗美)
「森林セラピー」で訪れた龍門寺跡のすぐ下にある10メートルの龍門の滝には、松尾芭蕉が「龍門の花や上戸の土産にせん」と江戸時代に詠んだという句碑がある(撮影/植田真紗美)
「森林セラピー」で訪れた龍門寺跡のすぐ下にある10メートルの龍門の滝には、松尾芭蕉が「龍門の花や上戸の土産にせん」と江戸時代に詠んだという句碑がある(撮影/植田真紗美)
映画「Vision」で山守役の永瀬正敏さんが切り落とした杉の木の切り株。年輪が密なのが吉野杉の特徴だ(撮影/植田真紗美)
映画「Vision」で山守役の永瀬正敏さんが切り落とした杉の木の切り株。年輪が密なのが吉野杉の特徴だ(撮影/植田真紗美)
河瀬直美監督の映画「Vision」は吉野が舞台。ジュリエット・ビノシュさん(右)と岩田剛典さん(左)の撮影も吉野で行った (c)2018“Vision”LDH JAPAN,SLOT MACHINE,KUMIE INC.
河瀬直美監督の映画「Vision」は吉野が舞台。ジュリエット・ビノシュさん(右)と岩田剛典さん(左)の撮影も吉野で行った (c)2018“Vision”LDH JAPAN,SLOT MACHINE,KUMIE INC.

 河瀨直美監督の最新作「Vision」が6月8日、公開された。舞台は奈良県吉野。歴史ある吉野ではいま、地元の人々が山を守る課題に立ち向かっている。

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映画「Vision」は、神秘的な山の中でフランスの名優ジュリエット・ビノシュさんが演じる随筆家ジャンヌと、永瀬正敏さん扮する山を守り育てる山守の智とが出会い、心を通わせていく物語だ。

「山守」とは、山の所有者に代わって育林と伐採を管理する、吉野ならではの職業。吉野では室町時代から林業が始まっていて500年もの歴史があるといわれている。林業が盛んになったのは安土桃山時代で、吉野材は大坂城や伏見城にも使われていた。

山守制度が始まったのは江戸時代中期から後期。造林地を維持する資金力が村民になくなったとき、それでも林業を存続させるために有力者に土地を売却して、その土地を借りた。山守は木を植林して、伐採・売却したらその売り上げを所有者と分け合う。

「新緑の季節こそ、吉野の一番の魅力だと思うんですよ」

 と、吉野で7代目の山守として働く中井章太さんは言う。

 奈良・吉野といえば3万本の桜の名所として知られている。京都駅から近鉄電車に乗り継いで吉野駅まで約2時間。そこから世界遺産である吉野山を登ってメインストリートの尾根上の道へが定番コース。桜の季節は、大勢の花見客で賑わう。

 この吉野山と、吉野川周辺を含んだ奈良県南部が吉野郡で、その面積は奈良県の2分の1を占める。大半が森林で覆われていて、春だけではなく緑豊かな夏や紅葉の秋にもきれいな景色が見られる場所だ。

 5月中旬、映画のロケ地にもなった吉野町の細峠周辺を中井さんに案内してもらった。吉野川をはさんで吉野山とは反対にある場所だ。森の中をゆっくりと歩いていくと木々の間から差し込みはじめた朝日が、杉の葉や幹、地面に生えた苔を照らして1秒ごとに森の表情を変えていく。静けさの中に響く鳥の声、木々の間から吹き抜ける冷たい風、檜や杉の葉の香り……壮大な森の中でフルに五感が刺激され、心が揺さぶられる。ここにいると、時間が経つのを忘れてしまいそうだ。

 上に向かってまっすぐ均一に伸びているのは杉の木々で、およそ50年前に畑だった場所に植林したものだという。吉野の人工林の特徴は、密に植えていくことだ。普通なら1ヘクタールあたり3千~4千本植えるところに、8千~1万2千本と“高密植”を行う。

 そうすると、木が一気に成長して年輪の幅が広がるのを防げる。残す木を決めて密集した木々を20年ごとに間伐し、木の成長をコントロールしていくと、年輪幅が細かくて、節がなく美しい吉野材ができるという。年輪が密だと強度も高い。

 木は30年成長するまでが手がかかると、中井さんは言う。木の周りの草木を刈り、木に巻き付いた蔓をとる。枝が出ると切り落として、まっすぐ上に伸びていくように促していく。出荷するまで100~200年育てるため、自分の世代だけでは終
わらず、だいたい3世代ほどかかるという。気の遠くなりそうな作業である。

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