●陽気に語った“武勇伝”「死刑囚に会ったよ」

 Aさんには隠し事がなく、何でも陽気に喋ってくれた。

 彼の逮捕歴を聞いたのも、そうした会話の中でだ。

 ある日、彼は女子高生がベンチに座っているのを見て、そばに行き、「手を握っていい?」「キスしていい?」と聞いた。女子高生が逃げたので、彼は近所のパチンコ屋に入ってパチンコをしていた。すると女子高生の恋人らしき男子高校生がやってきて、パチンコ屋から引きずり出し、110番通報し、彼は逮捕されたという。それだけで逮捕? といささか妙な気がしたが、本人がそう言うなら否定する理由はない。

 次の逮捕は、満員電車内での痴漢の容疑だ。若い女性のお尻を手で撫でた。女性は声を上げ、Aさんは鉄道警察隊に連れていかれた。

「ここで面白かったのがさ、結構警察って優しいんだよ」

 Aさんはうれしそうな顔で、武勇伝を語るように言った。

「犯人にも人権があるから、とか言ってさ、婦人警官がいたのをその場から外させて、男の警官だけになって、ズボンを下ろさせられた」

「で?」

「勃起してたから逮捕された」

 逮捕の時に書く書類は恐ろしく難しい言葉が使ってあって、自分には全く理解できなかったが、警官が勝手に調書を作ったのでそれに署名捺印した、だけど、あんなブスな女に誰が触るかよ、と彼は毒づいていた。

「警察の調書って本当意味分かんないよ」

「へえ。難しい言葉ってさ、生殖器を屹立させ……みたいに書くんでしょ」

「そうそう」

 罰金刑を言い渡されたが、母親はお金を払おうとせず、彼は日給5千円の労役で罰金額相当の期間働いた。

「死刑囚に会ったよ」

 と彼は自慢げに言っていたが、真偽のほどは定かではない。

 とにかく、2度逮捕されても彼は一向に気にしていなかった。

 Aさんの不行跡はまだまだ続いた。女性を妊娠させたのだ。その女性が出産したか中絶したか、Aさんは把握していない。女性が出産したらしいと言ってみたり、中絶したらしいと言ってみたり、話に一貫性もないし、彼女がどうなったかにも全く関心を示さない。

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