●いじめや倒産で職を失い、家族の病気で単身生活に
Aさんは月に4万円の小遣いを母親からもらい、たまに外へ出たり、部屋でずっとゲームをしたりするようになった。仕事は全くしていなかった。友達もいないようだが、本人は格別寂しがってもいない。Aさんは、職歴といえば専門学校に通ったあと2年弱、料理店で働いたことと、3~4年ほどカラオケ店や工場の従業員を転々としたこと、私と一緒に入った飲食店で3カ月働いたことくらいで、いずれもいじめや倒産に遭って辞め、あとはほとんど仕事らしい仕事をしたことがない。それでも母親は「息子がいれば安心」と手元に置きたがっていた。
彼ら一家はしばらくして近所の別のマンションに引っ越した。久しぶりに彼に連絡を取ってみると、40代前半になった彼は一人で住んでいた。母親と妹は、それぞれ病気を抱え、病院や施設に入ってしまったと言う。今、彼は見舞いに行くたび、母親の年金からもらういくばくかの小遣いで生活しているということだった。
以前、女子高生をナンパしようとして逮捕された話を振ると、彼は笑い飛ばして言った。
「ああ、あれ、ちょっと格好つけたの。本当は2回とも痴漢で捕まった。若気の至りだよ」
私は自分が痴漢に遭った時のことを思い出した。どれほど怒りと不快感に苛まれていても、私は声を上げることができなかった。耐えるしかなかった。そういう男どもは逮捕もされず、家庭ではいい父親、いい夫としてふるまっているのだろうと思うと、腸が煮えくり返りそうになる。しかしAさんの場合、勇気ある被害者女性のお陰で摘発され、処罰も受けている。そう思うと、なぜか腹も立たなかった。
「何だ、2回とも痴漢か。本当にしょうもないね」
私は苦笑した。
こんなAさんを見る限り、自分の人生や将来のことを心配している様子は全くない。
私は家庭教師を周旋する会社に登録していたが、ここで知り合ったひきこもりもいた。その会社は、経営者の方針で、受験を控えた子どもだけでなく、風変わりな大人の依頼も何でも屋のように引き受けていた。