いつき・ひろゆき/1932年、福岡県生まれ。作家。朝鮮半島で幼少期を送り、47年引き揚げ。『青春の門』『大河の一滴』『下山の思想』などベストセラー多数。近著に『百歳人生を生きるヒント』(日本経済新聞出版社刊)(撮影/写真部・小原雄輝)
いつき・ひろゆき/1932年、福岡県生まれ。作家。朝鮮半島で幼少期を送り、47年引き揚げ。『青春の門』『大河の一滴』『下山の思想』などベストセラー多数。近著に『百歳人生を生きるヒント』(日本経済新聞出版社刊)(撮影/写真部・小原雄輝)

『百歳人生を生きるヒント』(日本経済新聞出版社)で、50歳~100歳までの生き方を説いた作家の五木寛之氏。下山の人生を歩む覚悟や楽しむコツなどを聞いた。

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 日本は未曽有の長寿時代に入り、もはや人生は50年ではなく100年といわれています。人は50歳を過ぎて、さらに50年を生きねばなりません。その道のりをどう歩むのか。ぼくは、『百歳人生を生きるヒント』という本で、50代は「事はじめ」で長い下り坂を歩く覚悟を決め、60代で「再起動」して孤独を楽しみ、70代は「黄金期」で学ぶ楽しさに目覚める、と書きました。

「事はじめ」の覚悟とは、人間として権威にも寄りかからず、自立することです。

 確かに、かつては国民が国に奉仕し、国家は国民を保護する関係でした。が、現在、国家に対する信頼度は低下し、瓦解しています。ぼく自身がそれを痛感したのが、少年の頃平壌で迎えた終戦でした。ラジオ放送は「国民は軽挙妄動せず、現地に留まれ」「治安は維持される」と繰り返していましたが、数日前から、軍人や高級官僚とその家族を乗せた飛行機が内地に飛び立っていました。つまり、自分を含め、大衆は棄民でした。ソ連軍が入場し、略奪や暴行が起こり、通貨は使えなくなり、闇市で物々交換して食糧を得る日々が続きます。「国に頼らず、自分で生きねばならない」という自覚がはっきり芽生えたのは、この時です。

 人は得てして国家の言質を鵜呑みにしがちです。特に現代の日本ほど、生活や医療、教育、行政などあらゆる面で国家依存が強い国はないでしょう。年金を期待し、健康保険に頼り、「いざとなれば国が」という意識を持っています。しかし、世界的に見て国家は急速に力を失いつつあります。ビットコインなど幻想の通貨が流行するのも、未来が不透明である証左でしょう。

 さらに、年を重ねることには、老いと孤独の問題が付きまといます。ぼくは63歳くらいで、唯一の道楽だった車の運転を諦めました。自分の身体条件を冷静に観察し、運動神経や動体視力が落ちて、身体各部の動きが緩慢になったと判断したからです。いま、高齢者の痛ましい交通事故が相次いでいますね。健康に個人差はありますが、自分のためにも周囲の人のためにも、自分の状態をいまいちど考えてみてはと思います。

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