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「攘夷の精神」復活? 半藤一利が「軍事国家化」を危惧

野村昌二AERA#歴史
半藤一利(はんどう・かずとし)/1930年、東京都生まれ。53年に文藝春秋社に入り、月刊誌「文藝春秋」編集長などを務める。『幕末史』『賊軍の昭和史』(共著)など著書多数 (c)朝日新聞社

半藤一利(はんどう・かずとし)/1930年、東京都生まれ。53年に文藝春秋社に入り、月刊誌「文藝春秋」編集長などを務める。『幕末史』『賊軍の昭和史』(共著)など著書多数 (c)朝日新聞社

 賊軍だった人たちは、戊辰戦争に負けて悲惨な経験をしています。戦争の悲惨さと、戦争の後に国民がいかに苦労するかを知っていたのではないでしょうか。終戦によって薩長史観が全否定され、華族もなくなりました。戦後、日本人は等しく焦土に立ちました。戦後73年は薩長史観とは別の見方をしないといけないと思っています。

 しかし、最近の日本を見ていると、「攘夷(じょうい)の精神」が息を吹き返しています。ヘイトスピーチが繰り返され、「日本はすばらしい」が強調され、日本人は優秀な民族であると強調されます。これは攘夷の精神です。自説ですが、日本人の精神の底にあるのは基本的に攘夷です。島国だったから、他国から攻撃される危機感を常に持っていたのでしょう。それがいま湧き出してきたのは、憲法という機軸をなくしたのが大きいと思います。

 戦後の日本には国家の軸がありました。平和で繁栄した国をつくろうという、国民の気持ちを一つにまとめる柱です。それが憲法です。しかし、安倍晋三首相は集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈の変更に踏み出し、改憲の動きもあります。いま安倍首相は憲法を変えて新しい国家像をつくろうとしています。それは軍事国家だと思います。

 いま私たちは、民主主義国家であるか、それとも再び軍事国家に戻るかという選択を迫られているんじゃないでしょうか。そのことを今の若い人に考えてほしいですね。

 私のようなジジイが言うのは余計なおせっかいかもしれませんが、国というのはいつだって若い人がつくってきました。幕末に世の中を変えようと奔走した人たちはみんな若者でしたよ。明治元年でいえば、西郷隆盛は42歳、大久保利通は39歳、勝海舟が46歳、板垣退助が32歳、大隈重信が31歳。こうした若い人たちが、一生懸命にこの国をつくったんです。それをもう一度、思い出してほしいですね。(構成/編集部・野村昌二)

AERA 2018年3月12日号


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