若い頃、夫(70代)は“髪結いの亭主”そのもの。夫婦で美容院を開業しても、ろくに働かず、お金がたまるとそれを持ってキャバレー通いをしていた。「俺の金だ、文句あるか」と、ふらりと一人で海外旅行に出てしまう。絵に描いたような亭主関白で家事はもちろん育児もしてこなかった。

「私の人生、このまま夫の言いなりではいけない」

 60代に入って妻は反撃に出た。夫は加齢で「濡れ落ち葉」になってきたタイミングでもあった。まず精神的な離婚を図り、話しかけられても無視するようになると効果はてきめん。老後を心配する夫は、捨てられないようにと思ったのか、今では弱った自分をアピールしながら、せっせと部屋を掃除し、仕事もするようになった。

「ま、低姿勢でいるなら、生かしておいてあげるわ」

 妻はムカッとすると、夫の歯ブラシでトイレを掃除するというひそかな仕返しをして気晴らししている。

 妻に殺意を抱かれた夫に起死回生のチャンスはあるのか。

 結婚してからずっと専業主婦だった女性(65)も、典型的な猛烈サラリーマンの夫(68)に愛想を尽かしていた。家事と子育てをするだけの人生。誕生日や結婚記念日のプレゼントもなく、「夫が早く死ねばいいのに」と願っていた。

 ところが、夫は定年退職後、料理教室に通い出して家事をするようになった。どうやら夫の同僚が定年退職の直後に、妻に退職金を根こそぎもって逃げられ、夫も恐怖を感じたらしい。今では、夫が朝食と昼食作り、皿洗いと掃除、ごみ出し、買い物などをこなす。

 この女性は今までできなかった習い事や旅行に出かけ、ほどよい距離を保っている。夫は家事の大変さを実感し、女性がお茶を出すと「ありがとう」と口にするようになった。その一言で、「やっと私のありがたみが分かったのね。だったら、ま、いっか」と思えるようになった。今では、夫は「何が食べたい?」「寒くない? エアコンつける?」と、至れり尽くせり。「これなら、夫が死んだら困るかも」と、すっかり夫婦円満の生活を送っている。(ジャーナリスト・小林美希)

AERA 2017年12月4日号

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小林美希

小林美希

小林美希(こばやし・みき)/1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年からフリーのジャーナリスト。13年、「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。近著に『ルポ 中年フリーター 「働けない働き盛り」の貧困』(NHK出版新書)、『ルポ 保育格差』(岩波新書)

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