天皇陛下の「お言葉」が示した「立場」と「象徴」 内田樹×山崎雅弘対談 (2/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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天皇陛下の「お言葉」が示した「立場」と「象徴」 内田樹×山崎雅弘対談

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東日本大震災の被災者に声をかける天皇、皇后両陛下(2011年4月14日、千葉県旭市で) (c)朝日新聞社

東日本大震災の被災者に声をかける天皇、皇后両陛下(2011年4月14日、千葉県旭市で) (c)朝日新聞社

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。主な著作に『一神教と国家』(中田考氏との共著)、『街場の文体論』など。8月19日、姜尚中氏との共著『アジア辺境論 これが日本の生きる道』が発売予定

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山崎雅弘(やまざき・まさひろ)/1967年、大阪府生まれ。『戦前回帰』『5つの戦争から読みとく日本近現代史』『日本会議 戦前回帰への情念』『「天皇機関説」事件』など著書多数

山崎雅弘(やまざき・まさひろ)/1967年、大阪府生まれ。『戦前回帰』『5つの戦争から読みとく日本近現代史』『日本会議 戦前回帰への情念』『「天皇機関説」事件』など著書多数

 しかし、「お言葉」の中で陛下は「象徴的行為」という耳慣れない言葉を使われましたね。「象徴」というのは抽象的・普遍的な記号の働きであり、「行為」というのは生身の人間がある時点、ある場所で具体的に実現することです。本来結びつくはずのないものです。この「結びつくはずのないものを結びつけた」ところに、「立憲デモクラシーにおける天皇制」の立ちうる足場があると陛下は考えられたのだと思います。

山崎:わかります。

内田:陛下の言われる「象徴的行為」は事実上二つのふるまいを指しています。一つは、先の戦争で倒れた人たちのために現地にまで足を運んで鎮魂慰霊の儀式を行うことです。もう一つは、日本国内で災害や悲運に見舞われた人々のもとに足を運び、その苦労をねぎらい、痛み哀しみに共感を寄せることです。この具体的行為のことを陛下は「象徴的行為」と呼び、これが天皇の本務であると解釈したのです。憲法では、法律の公布や国会の召集解散や大使公使の接受などが「国事行為」として列挙されていますが、陛下は「天皇の本務」はそういうものではなくて、死者の鎮魂と傷ついた人々の慰藉という「象徴的行為」であるという新たな解釈を示された。これは国民に陛下から「ボールを投げた」のだと思います。

●目標なき国の悲哀

山崎:おっしゃる通りだと思います。例えば、南太平洋のペリリュー島は、死傷者も多く絶望的な戦場でした。最終的に勝った米軍側でも発狂する兵士が出てくるほど悲惨な戦いだったのです。そんな、極限的な場所を選んで行かれている。ちゃんと歴史を理解されたうえで行かれているんだなというのを感じました。

内田:日本人兵士だけでなく、アメリカ兵も現地の人々も含めて、その土地で死んだすべての人々の鎮魂のために祈ることが「天皇の本務」であるというのはまことに大胆な解釈だと僕は思います。

 過去の天皇の中でも、そこまできっぱりと踏み込んだ例はありません。陛下は天皇制のあり方についての「個人的」な考えを提起された。日本国民全員はこの問いをわが身に引き受けて、誠実に回答を試みる必要があると思います。

 今の政権や有識者たちの天皇制をめぐる議論を見ていると、国家目標を失ってしまった国の悲哀を感じますね。

山崎:実は目標を失った、あるいは新しいビジョンを提示できないというのが30年代の日本でした。

内田:というと?

山崎:経済的には、世界恐慌の後遺症からまだ立ち直っていなかったこと。また、ロシア革命の後は日本にも共産主義の革命思想が入り、個々の労働者が自分の権利を意識するようになり、国民は国の中心である天皇に仕える存在だという政治思想、いわゆる国体思想が揺らぎはじめます。


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