洋裁が得意だった母が残してくれた洋服や小物、生地を入れていた缶。一つひとつに母の思い出が重なる。中川さんは言う。

「いつか母の死を受け入れられるとは思うんですけど、寂しさはなくならないと思います」

 人には必ず誰かとの別れが訪れる。だが、母を亡くした時、「母ロス」と呼ばれる苦悩や悲しみに襲われる人は少なくない。

『母ロス』(幻冬舎新書)の著書がある心理学者の榎本博明さんによれば、母ロスとは、心理学の専門用語で「対象喪失反応」、つまり愛着の対象を失うことに伴う心理反応のことだという。

「欧米では配偶者を失った場合に対象喪失反応が出やすいのに対し、日本では親を失った時に顕著です。欧米では配偶者同士の絆が強いのに対し、日本では親子間の距離が近いため。また、父親より母親を亡くした時の喪失反応が強いのは、それだけ母子関係が強いからです」

 一般的な母ロス反応として(1)心身の不調、(2)故人のことばかり考える、(3)故人の死にまつわる罪悪感、(4)敵意のある反応、(5)喪失前に果たしていた役割がうまく果たせなくなる、などがあるという。

 今回、本誌ではAERAネットを通して、母親を亡くしている人を対象にアンケートを行った。29人から回答があり、「まだ母の死を受け入れられていない」と回答したのは、全体の約20%に当たる6人。そのうち、母の見送り方や治療法に「後悔」や「自責の念」があると答えた人が目立った。

●冷静な対応ができない

 都内の自営業の女性(44)もそんな一人。昨年10月に母をがんで亡くした。67歳だった。母は6年ほど前にがんを発症。その後は入退院を繰り返したが、亡くなる前日は自宅で家事をこなし、普段とあまり変わらない生活をしていた。それが明け方、急に具合が悪くなり、病院に搬送されその日の夜に亡くなった。最期は家族全員で母を見送ることができた。しかし今も終わらない後悔が続いているという。女性は言う。

「何度も思い返すのは、最期の見送り方があれでよかったのかということです」

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