中絶をさせないためには、避妊に関する知識を普及させることも大切だ。ところが、中絶反対派や保守系の人びとは、避妊ですら「生命を尊重していない」と見なす。そのため、低所得層の若い女性を中心に、教育や情報が行き渡らない。

「20代半ばで当院に来る女性の7割に、すでに子どもがいるんです。だから避妊手段を提供するのも、地域にとって大切なことですが、反対派はそれさえ妨害します」(バークハート)

●「中絶反対」のトランプが大統領に就任したら…

 中西部のオハイオ州クリーブランド(人口約39万人)で7月18日から開かれた共和党大会で、大統領候補に指名された実業家ドナルド・トランプ(70)も、人工中絶について、

「嫌悪している。私はプロライフ派だ」

 と述べ、保守派有権者の票を獲得しようとしている。クリーブランドで、女性の権利を主張するデモに参加するため、南部テキサス州ダラスからやって来ていたアーティスト(25)は、目に涙をためて、こう言った。

「人に知られずに中絶手術を受けるため、テキサスからカンザスまで旅した。やむをえない場合は、手術を受ける権利があると思う」

 SWWCによると、中西部・南部の約96%の郡で、人工中絶手術を行う医療機関がない。中西部・南部以外では80%だ。

 プロチョイスをめぐる環境が改善される可能性はあるのか、バークハートに聞いてみた。

「環境は、悪化していると言わざるを得ない。プロチョイスとプロライフの溝は深くなるばかりで、保守的な大統領が誕生すれば、さらに悪くなるだろう。この国がよくなっていっているとは思えない」

 バークハートへの取材を終えて、SWWCの駐車場を出ると、敷地への入り口の角のよく見える場所に、畳1枚ほどに拡大した中絶された胎児のショッキングな写真を掲げる中絶反対派の活動家らがいた。通院する患者にプレッシャーをかけるためだ。

 活動家の一人、マーガレット・マンズ(63)は、小雨が降るなか、一日中、塀の外に立っていた。週2回、ここに来る。

「私たちは、中絶された子どもたちのために祈り、ここに来る人びとによりよい解決法を知ってもらおうとしているのです」

 数日後、中絶反対派が91年から毎年続けているデモが、SWWC前で開かれる予定になっていた。近年は約300人がクリニックを取り囲み、警官150人が警戒にあたる。91年の初回には、出入り口を封鎖した容疑での逮捕者が、のべ2700人に及んだ。

 ウィチタは実は、現大統領バラク・オバマ(54)の母親、アン・ダナム(1942~95)が生まれ育った都市だ。後にハワイ大学に入学し、ケニア人留学生のバラク・オバマ・シニア(1936~82)と出会い、バラクを産んだ。だが、バラクの父親にはケニアに妻がいたため、結婚はしなかったとバラクの伝記にはある。ウィチタのような最も保守的な地域の女性が、アフリカ人との間にバラクを産んだことで、周囲からの風当たりは強かったという。

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