警備員スウィニーの背後に金属探知機が見えるSWWCの入り口(撮影/モーガン・フリーマン)
警備員スウィニーの背後に金属探知機が見えるSWWCの入り口(撮影/モーガン・フリーマン)
第3政党の一つ「緑の党」から出馬しているジル・スタイン医師。民主・共和両党を「支配的」として批判し、急速に注目を集めている(撮影/津山恵子)
第3政党の一つ「緑の党」から出馬しているジル・スタイン医師。民主・共和両党を「支配的」として批判し、急速に注目を集めている(撮影/津山恵子)
「戦争屋の候補者にノーを」。民主党大会の会場外で開かれた反クリントンのデモには、若い女性の参加者が目立った(撮影/モーガン・フリーマン)
「戦争屋の候補者にノーを」。民主党大会の会場外で開かれた反クリントンのデモには、若い女性の参加者が目立った(撮影/モーガン・フリーマン)

「女性の勝利です」。米民主党は、主要政党で初となる女性大統領候補に、ヒラリー・クリントン前国務長官を指名した。感動の涙を流した女性も多いが、共和党地盤の中西部では、女性をとりまく環境はなお厳しい。

 米中西部のカンザス州ウィチタ(人口約39万人)の郊外に、その産婦人科クリニックはある。サウス・ウィンド・ウィメンズ・センター(SWWC)。近づくと、高さ2メートル以上の木製の塀で敷地はぐるりと囲まれ、医療機関とは思えない異様な雰囲気だ。塀の内側に車を進めると、駐車場にはパトカーが1台止まっており、入り口の扉には「銃持ち込み禁止」のステッカー、扉の中には金属探知機があった。

 ここは、カンザス州と近隣4州にまたがる半径320キロ圏内で唯一、人工中絶手術を提供するクリニックだ。保守的な中西部・南部では、レイプなどによる妊娠で人工中絶の選択を女性に認める立場(プロチョイス)に対し、生命尊重を理由とした中絶反対派(プロライフ)の批判や攻撃が想像を絶するほどに激しい。

 1970年代にSWWCの前身の医療機関を開業したジョージ・ティラー医師は2009年5月、礼拝に参加していた教会で、中絶反対派に頭を銃で撃たれて死亡した。

「5年間、彼のクリニックの警備をしていた。教会には警備がないから狙われたんだ」

 と、現在もSWWCの警備にあたるカール・スウィニー(68)は話す。

●人工中絶に保守派が反対 避妊まで「生命軽視」と

 故ティラー医師の下でスポークスパーソンとして働いていたジュリー・バークハートは、中西部の女性の権利と婦人科治療に貢献したいという同医師の生前の信念を継いで、「トラストウィメン基金」を設立し、SWWCを13年に開業した。取材に訪れると、

「今日は、人生で何度かしかない最悪の日なの。悪いけど、私の写真は撮らないで」

 と言いながら、バークハートは事務室に現れた。約束の時間にクリニックに行ったが、いったんキャンセルされ、それから数分後のことだった。

 SWWCの外には毎日、中絶反対派の活動家数人が立ち、出入りする車に声を上げる。クリニックが「殺人」や「不法な治療」を施しているなどという反対派の訴えにより、バークハートのもとには警察や自治体から召喚状が届く。自分と15人いる医師・スタッフの身の安全や、患者への配慮などにともなうストレスに加えて、この日はさらに「悪いニュース」が重なったのだという。

 バークハートは今夏、74年から人工中絶手術を行う医療機関が一つもない隣のオクラホマ州の州都オクラホマシティー(人口約63万人)に、クリニックを開こうとしている。しかし、カンザス州と並び中絶反対派が最も強いオクラホマ州当局の妨害は激しく、不当な規制を押し付けられ、それに応じる費用がかさむばかりで、なかなか開業のめどが立たない、と訴えた。

 SWWCは、初年度に年間1500人、その後は同3千人の訪問を受け入れている。中絶手術だけでなく、避妊や産婦人科、そして、やはり中西部では保守派の攻撃対象になりやすい性転換の術後治療にも応じる。

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