『詳説日本史B』『詳説世界史B』は、色覚の個人差を問わず多くの人が見やすいよう「カラーユニバーサルデザイン」で作成されており、再生紙と植物油インキを使用。環境にも優しい(撮影/写真部・長谷川唯)
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『詳説日本史B』『詳説世界史B』は、色覚の個人差を問わず多くの人が見やすいよう「カラーユニバーサルデザイン」で作成されており、再生紙と植物油インキを使用。環境にも優しい(撮影/写真部・長谷川唯)
東京都第一教科書供給株式会社は、この地で開業して65年。同様の会社は都内6カ所、全国に53カ所あるそうだが、一般の人も気軽に手に取って閲覧できるのは珍しいという(撮影/編集部・小柳暁子)
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東京都第一教科書供給株式会社は、この地で開業して65年。同様の会社は都内6カ所、全国に53カ所あるそうだが、一般の人も気軽に手に取って閲覧できるのは珍しいという(撮影/編集部・小柳暁子)
竹製で長さ18センチ。七つのセンチの目盛りと、反対側にミリの目盛りがある。2013年、素数の577円で発売すると3週間で1千本を完売した(撮影/写真部・長谷川唯)
竹製で長さ18センチ。七つのセンチの目盛りと、反対側にミリの目盛りがある。2013年、素数の577円で発売すると3週間で1千本を完売した(撮影/写真部・長谷川唯)
迫力のビジュアルでグローバル化を説明『詳説世界史B』 山川出版社各国の歴史を俯瞰的にとらえて一冊に盛り込まれている「世界史」という教科書があるのは、世界でもあまり類を見ない。普通は、自国の歴史を語る上で、自国の視点から世界の歴史も伝えているという(撮影/写真部・長谷川唯)
迫力のビジュアルでグローバル化を説明
『詳説世界史B』
 山川出版社
各国の歴史を俯瞰的にとらえて一冊に盛り込まれている「世界史」という教科書があるのは、世界でもあまり類を見ない。普通は、自国の歴史を語る上で、自国の視点から世界の歴史も伝えているという(撮影/写真部・長谷川唯)
オールカラーで世界の中の日本を知る『詳説日本史B』 山川出版社「歴史教科書といえば、これ」と答える“元高校生”多数。有名大学合格のためには、注釈部分まで丸暗記することが不可欠だった。「あの時の苦しさを思い出し、今でも胸が痛くなる」という人も(撮影/写真部・長谷川唯)
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オールカラーで世界の中の日本を知る
『詳説日本史B』
 山川出版社
「歴史教科書といえば、これ」と答える“元高校生”多数。有名大学合格のためには、注釈部分まで丸暗記することが不可欠だった。「あの時の苦しさを思い出し、今でも胸が痛くなる」という人も(撮影/写真部・長谷川唯)
今さら聞けない歴史教養はこの一冊で『もういちど読む山川日本史』 山川出版社『詳説日本史』が原本かと思いきや、実は原本はすでに絶版になっている『日本の歴史』。『詳説』と比べ、通史に重きを置き、コラムも豊富だった。『世界史』も、同じシリーズの『世界の歴史』が原本(撮影/写真部・長谷川唯)
今さら聞けない歴史教養はこの一冊で
『もういちど読む山川日本史』
 山川出版社
『詳説日本史』が原本かと思いきや、実は原本はすでに絶版になっている『日本の歴史』。『詳説』と比べ、通史に重きを置き、コラムも豊富だった。『世界史』も、同じシリーズの『世界の歴史』が原本(撮影/写真部・長谷川唯)
「実用の文章」として朔太郎から乱歩への手紙も『精選現代文B』 筑摩書房ページを開くと、まず飛び込んでくるのはシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」のカラー画。古典はもとより、村上春樹や川上弘美の小説、グラフィックデザイナー・原研哉の評論まで作品は幅広い(撮影/写真部・長谷川唯)
「実用の文章」として朔太郎から乱歩への手紙も
『精選現代文B』
 筑摩書房
ページを開くと、まず飛び込んでくるのはシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」のカラー画。古典はもとより、村上春樹や川上弘美の小説、グラフィックデザイナー・原研哉の評論まで作品は幅広い(撮影/写真部・長谷川唯)
「『をかし』はto be fun」など英語で説明も『古文の読解』 ちくま学芸文庫編集担当の高田さんは「今年46歳ですけど、受験生時代は知らなかった」。初めて読んで「意外にお茶目な文章も多く、非常に面白かった」。当時のレイアウトをほぼ再現したデザインも魅力のひとつ(撮影/写真部・長谷川唯)
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「『をかし』はto be fun」など英語で説明も
『古文の読解』
 ちくま学芸文庫
編集担当の高田さんは「今年46歳ですけど、受験生時代は知らなかった」。初めて読んで「意外にお茶目な文章も多く、非常に面白かった」。当時のレイアウトをほぼ再現したデザインも魅力のひとつ(撮影/写真部・長谷川唯)
学参文庫化の先駆け 懐かしくて役に立つ『新釈現代文』 ちくま学芸文庫「ちくま学芸文庫」で参考書を最初に復刊したのが高田瑞穂著のこれ。思わぬ売れ行きの良さに「参考書も一般書として売れるんだ」という認識が広がり、『古文の読解』出版へとつながったという(撮影/写真部・長谷川唯)
学参文庫化の先駆け 懐かしくて役に立つ
『新釈現代文』
 ちくま学芸文庫
「ちくま学芸文庫」で参考書を最初に復刊したのが高田瑞穂著のこれ。思わぬ売れ行きの良さに「参考書も一般書として売れるんだ」という認識が広がり、『古文の読解』出版へとつながったという(撮影/写真部・長谷川唯)
スヌーピーや鳥獣戯画も登場『CROWN』 三省堂時事に即した内容から文法などを学ぶ構成。若田光一さんのエッセーでは「基本的な文のパターン」、多和田葉子さんや楊逸さんの話を取り上げた「Writers without Borders」では関係代名詞など(撮影/写真部・長谷川唯)
スヌーピーや鳥獣戯画も登場
『CROWN』
 三省堂
時事に即した内容から文法などを学ぶ構成。若田光一さんのエッセーでは「基本的な文のパターン」、多和田葉子さんや楊逸さんの話を取り上げた「Writers without Borders」では関係代名詞など(撮影/写真部・長谷川唯)

あの頃お世話になった一冊が、教養の宝庫として見直されている。忙しく読書の時間がないビジネスパーソンには、まさにうってつけだ。(ライター・羽根田真智)

 JR大久保駅から徒歩1分。教科書の供給販売を行う「東京都第一教科書供給株式会社」では、一般の人も気軽に教科書を手に取って閲覧、購入できるようになっている。

 教科書がずらりと並ぶ光景の第一印象は、カラフル。「かわいい!」と声を上げる人がいるというのも納得だ。

「カラーが増えましたね。小学校や中学校の教科書は全体的にサイズも大きくなっています」と、常務取締役の渋谷保さん。

 今、ハンディーにまとめられた教養書として教科書が注目を集めている。グループで歴史を学んでいるという女性は、一般書はある部分は深いのにある部分は浅く使いづらいが、教科書はいい意味で広く浅く情報が網羅されているので、何かを学ぶのに最適と話していたという。

「学生時代に得意だった分野の教科書を、もう一度勉強しようと購入していくお客さんも多い」(渋谷さん)

 山川出版社の『詳説日本史B』や三省堂の『CROWN』など計6冊の教科書を購入し、お会計は4340円。渋谷さんは、「みなさん、値段が安いとよくおっしゃいます。現代文なんて、これだけ作品が載っていて、この値段(860円)ですから」と言う。

●教科書を教養書に

「普通にはない、珍しい本」

 三省堂書店神保町本店の鈴木洋さんがそう評したのは、山川出版社の「もういちど読む」シリーズだ。高校の教科書を一般読者のためにリライトしたもので、2009年8月に『日本史』と『世界史』が同時発売された。それ以降、ほぼ毎年4月に新刊が発売され、現在計8冊が出ている。「売れている本でも1年半くらいで勢いは止まるが、このシリーズは勢いが衰える気配は見えず、売れ続けています」

「もういちど読む」シリーズの『世界史』を企画した編集部の山岸美智子さんは、「何人もの専門家が関わっている教科書は、非常に贅沢な書物。教養書として見直せないかと思ったのがきっかけです」と話す。

 山岸さんは以前から、安直なハウツー本があふれていることに「それでいいのか」という思いを抱いていた。教科書には必要十分な知識がコンパクトに詰まっている。高校生が読んで理解できるように作られているので、内容が濃いのに分かりやすい。受験のためだけに使うのはもったいないのでは。もういちど読み直す機会をつくりたい。「最初は地味な企画でした」

 しかし、反響はすぐに表れた。1カ月もしないうちに増刷が決定。それまで「ベストセラーは出せないけど、ロングセラーには自信がある」が社内での笑い話だったというが、思わぬヒットに驚いた。現時点で、『日本史』は22刷の約39万5千部、『世界史』は19刷の約28万7千部。同シリーズの『政治経済』『倫理』『地理』なども好調な売り上げだ。

●今さら聞けないことも

「もういちど読む」シリーズには、原本である教科書を、読みやすく変える仕掛けが随所に施されている。

 教科書は受験に出題されるかもしれない情報をとりこぼさないために注釈があちこちに入る。それらを取り除き、必要な内容は本文で紹介。重要キーワードを目立たせるゴシック体もやめた。歴史の基本的な流れを理解しながら重要なテーマの知識を得られるように、コラムをふんだんに入れた。『日本史』では、学問の進歩で認識が変わった内容について、「ここが変わった」とわかる解説注をつけた。例えば、かつて「大和朝廷」と呼ばれていた4世紀から7世紀の中央政府は、「大和」の表記が用いられるのは8世紀後半以降であることなどから、現在では「ヤマト政権」と表記されることが多いという例や、「源頼朝像」とされてきた肖像画が足利直義とする説が出ていることなどから「伝源頼朝像」と表記されるようになった、という具合だ。

 教科書の利点は、専門家が自説を横に置き、学会で常識とされていることをベースに書いている点だ。「今さら聞けない」といったことも、教科書を開けば載っている。

 たとえば、イスラム問題が世を賑わせているが、シーア派とスンニ派の対立については、「ウマイヤ朝をはじめとするイスラーム教徒の多数派はスンナ派(スンニー)と呼ばれ、ムハンマドの言行(スンナ)を生活の規範とし、共同体の統一を重視する。一方、シーア派は、第4代カリフであったアリーの子孫だけが共同体を指導する資格があると主張して、以後スンナ派と対立してきた」(『詳説世界史B』、102ページ)と、山岸さんが言う「俯瞰的な立場から見た真実」が淡々と述べられている。

「『今』がどういうところにあるかを知るには、まずは歴史を知ること。教科書や、このシリーズを最初の教養書として、ご自身の関心でさらに知りたいことへの知識を深めていってほしい。答えが先に用意されたハウツー本では手に入れられない教養を身につけられると思います」

●学参のバイブルが文庫に

 1970年代に参考書のバイブルと言われていた『新釈現代文』(新塔社)と『古文の読解』(旺文社)について、「あの頃の心の支え」と語るのは、貸本マンガ研究家の吉備能人さん(47)。受験生時代、「『新釈現代文』を5回読めば早稲田・慶應、10回読めば東大に合格できる。『古文の読解』を読み込めば、古代人の気持ちを理解するための古文を理解できる」と聞き、現代文と古文ではほかの参考書に目を向けず、この2冊を読み込んだ。その甲斐あってか、予備校などに行かず、慶應義塾大学法学部に現役合格。ずっと頭の片隅にあった2冊の参考書が文庫本で復刊されたと知り、すぐに購入したという。

「単なる文法の解説本ではなく、当時の情景を伝える一級の読み物。だから受験を離れて読んでも面白い。文章を読み解く力の原点になっているように思います」

『古文の読解』の編集を担当した筑摩書房の高田俊哉さんは、「受験を離れた大人が古典をゆっくり味わうための最適なガイドにしてもらいたい」という気持ちを込めた。それは読者にダイレクトに伝わったようで、「古文を読もうと思っても古典の文法なんて忘れてしまっている。参考書もどこかに行ってしまった。そんな時、ちょうどいい本が復刊された」といった感想が寄せられている。

『古文の読解』は、1962年に旺文社から出版された。著者の小西甚一氏は国文学研究者。英語、中国語に堪能で、独仏韓語の読み書きもできたという。文中では、古文の説明をするのに英語や化学式なども用いている。「知識欲をくすぐる文章。参考書ですが、『こう覚えればいい』といったテクニック的なところがなく、いま読んでも全く古くない。私自身、ひとつの読み物として楽しみました」

●あえて不便なものを

「勉強」は、中国語では「無理強いする」の意味。勉強の道具、教科書や参考書はまさにネガティブイメージの塊だったが、「もっと知りたい」「頭を使いたい」欲求に応えるものだと発見した。そういう意味で、教科書や参考書ではないが、ピタリと来るものがある。京都大学の「不便益システム研究所」が開発した「素数ものさし」だ。

 代表を務める川上浩司教授は「不便のいいところを研究するのが不便益システム研究所」。通るたびに道がかすれ、3回目には道が消えてしまうカーナビ、リアルなジェスチャーをしないと立ち上がらないスマホのアプリなどを研究開発。初の商品化が「素数ものさし」だ。

 2、3、5……と「素数=1とその数でしか割り切れない自然数」の目盛りしかない。「4を測るには?」と川上教授。「えーっと、2を測って、また2を測る?」と答えると、「それもいいですし、『7・3』という方法もある。素数ものさしは工夫が必要。考えないとできないから面白いでしょ?」

 便利なことを不便にしよう。そうすると絶対にいいことがある。システムが発展する──。

「難しいですね」と一言漏らすと「そうなんです。でも、学生と演習やワークショップで不便益を考えることが多いのですが、学生は頭が柔らかいのでいろいろ出てきます。しかも、2~3日もすればハマる。発想の転換ができるようになりますよ」と川上教授。私も「不便益」を考え続ければ、いつかは京都大学の学生さん並みの頭になれるだろうか。

AERA 2015年6月29日号