庶民の創意工夫が詰まった「看板建築」は今、街並みから失われつつある──。
路上観察学会を立ち上げた建築家の藤森照信氏によって命名された「看板建築」。大正12年の関東大震災で灰燼となった街が復興していく中で、資金も資材も少ない個人商店が建物正面だけを一枚の看板のように仕上げた。
かつては当たり前に見られ、NHK朝ドラ「エール」の画面でも発見できる。しかし、戦火で失われ、経済成長とともに取り壊しが続いた。さらに五輪を控えての建築ラッシュで、東京の歴史を伝える建築様式は今、失われつつある。
平成当初の調査で492棟確認された看板建築は現在、177棟しか残っていない。
江戸東京たてもの園の学芸員は「大半の看板建築は築年数が100年近くになります。建築基準も変わり、維持するのは大変ですが、探せば今でも発見できるはず。制約がある中で工夫された職人の技術やデザインの美しさを、住人の方への配慮を忘れずに楽しんでほしい」と話す。
現存する看板建築をいくつか紹介しよう。
<築地>
■一不二
築地場外市場にある木造3階建て共同店舗。昭和6年竣工。食器店の「一不二」などが店を構える。窓の縁取りや柱上部のレリーフなどの装飾が今も美しい。白壁の裏に木造部が見える。
■宮川商店
築地2丁目交差点に今も残る美しい銅板貼り3階建て。昭和4年に建築された。3階の屋根の奥にわずかに木造建物の切り妻部分が見える。
<亀戸>
■香取勝運商店街
亀戸駅から徒歩10分の香取神社参道にある商店街には、青果店の坂本商店など看板建築の商店が多数並ぶ。これは平成23年に街づくりの一環としてリニューアルされて生まれた。
<神田須田町>
■山本歯科医院
路町駅近くの靖国裏通り沿いに残る木造3階建て。昭和2年建造の登録有形文化財。旧字体の屋号、菱形のタイル模様などに加え、待合室など内装も美しく保存されている。
<湯島>
■ちそう、川中島
千代田線湯島駅6番出口横にはかつて7軒長屋の看板建築があった。現在は「中坂下ちそう」「鳥料理川中島」2軒のみが残る。壁面のレリーフや最上部の装飾は昔のまま。