渡辺努教授
渡辺努教授

 インフレによる値上げラッシュが、家計を圧迫し続けている。しかし、「値上げ=悪」とする言説に異を唱えるのが渡辺努・東京大学大学院経済学研究科教授だ。昨年10月に出した『世界インフレの謎』(講談社現代新書)は異例のヒットを記録し、日本銀行の新総裁に就任する植田和男氏の元同僚でもある。そんな渡辺氏は「インフレは日本の希望にもなる」と言い切る。その真意を聞いた。

【写真】実は東大の同級生でした

――日本経済の問題点を「物価と賃金が固まったように動かないことにある」と指摘しています。

 日本は1990年代前半までは、ほかの国と同じように物価も賃金も右肩上がりでした。でも95年ごろから物価と賃金が据え置かれる歪んだ状態にあります。こうした「据え置き慣行」が始まった原因には、97年に起きた山一証券の経営破綻など、金融危機があると考えています。景気の悪化により、労働者はクビになることを恐れて強気の賃上げ要求をしなくなりました。賃金が上がらないために生活費を切り詰めた分、消費が冷え込み、企業は顧客離れを恐れて値上げを控えるようになりました。

――コロナ禍の影響で物価は上がり始めました。

 これまで日本の物価は異常に低かった。IMF(国際通貨基金)が2022年4月にまとめた日本のインフレ率(22年の予測)は0・984%。一方でアメリカは7・68%、ドイツは5・46%。いかに日本の物価の伸びが低いかがわかります。

 しかし、海外発のインフレが日本に入ってきたことで、「据え置き慣行」が物価の面から崩れ始めました。22年12月に記録した4%の水準は続かないと思いますが、これからも2%を超えるインフレは続くと思います。多くの商品や光熱費が値上がりするなど、インフレの悪い影響ばかりに目が行きがちですが、私はこれが日本の希望にもなり得ると思っています。

――どういうことですか。

 四半世紀近く続いた物価も賃金も上がらないという歪んだ状態から脱出して、物価も賃金も上がっていくという健全な姿を、日本がもう一度取り戻せる可能性が出てきているということです。もちろん、そんなに簡単な話ではありません。しかし、少なくとも物価は上がってきた。残るカギは、それに見合う賃上げを起こせるかどうか。特に労働者の7割近くを雇用している中小企業で実施できるかが重要です。

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唐澤俊介

唐澤俊介

1994年、群馬県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。朝日新聞盛岡総局、「週刊朝日」を経て、「AERAdot.」編集部に。二児の父。仕事に育児にとせわしく過ごしています。政治、経済、IT(AIなど)、スポーツ、芸能など、雑多に取材しています。写真は妻が作ってくれたゴリラストラップ。

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