2012年、プロ野球・北海道日本ハムファイターズ対千葉ロッテマリーンズ戦で始球式に登場した貞子。絶対に髪の奥の素顔は見せない、完璧な投球を披露。KADOKAWA提供
2012年、プロ野球・北海道日本ハムファイターズ対千葉ロッテマリーンズ戦で始球式に登場した貞子。絶対に髪の奥の素顔は見せない、完璧な投球を披露。KADOKAWA提供

「俺の場合、空想上の恐怖は数学から派生する。紀元前6世紀の偉大な数学者ピタゴラスは、無理数という存在を認識した瞬間、恐怖で頭がおかしくなっちゃうんだよ。無理数って、円周率の3.141592……みたいに、不規則な数字が永遠に続く小数のこと。さあ、我々が数直線の上を歩いているとしましょう。1だったら1で止まる。1.5だったら、もうちょっと深いとこで止まる。なのに無理数のところにきたら、すとーん。果てしない奈落がある。無理数じゃないものは実数と言いますが、無理数のほうが圧倒的に多い。ってことは、我々の歩いてる道は無理数の穴ぼこだらけなの。怖くなっただろう?」

 さて、ホラー嫌いな鈴木さんから生まれ、今やコメディエンヌの素養を見出されつつある貞子だが、国内外問わず、ホラー界におけるエポックメイキングな存在であることは間違いない。ホラー作品に詳しい映画評論家・氏家譲寿さんは「『四谷怪談』以降、『リング』が日本ホラーを再定義した」と捉えている。

 氏家さんによると、1980年代の日本では「13日の金曜日」に代表される、殺人鬼が出てくる残酷な映画が人気を集めていた。88年には和製スプラッターホラーの先駆けと言われる「死霊の罠」が公開されたが、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件などを機に自主規制ムードが漂いはじめる。それでも、黒澤清が監督を務め、松重豊が殺人モンスターの警備員を怪演した「地獄の警備員」(92年)など、“血みどろ”はアンダーグラウンドで生き延びていた。いっぽう、90年代中ごろに入ると、「羊たちの沈黙」や「セブン」のようなスタイリッシュなサイコスリラーが一世を風靡するように。そんななかで、「リング」が放たれたのだ。

 幽霊によって驚かすのは、日本ホラーの原点である「四谷怪談」的な恐怖に立ち戻ったといえる。だがそれだけでなく、圧倒的に異様なビジュアルと動きの貞子を登場させることで強烈なインパクトを出したのが、氏家さんが考える「リング」の一番の功績だ。

 思わず椅子から飛び上がるようなドキッとする恐怖演出は“ジャンプスケア”と呼ばれる。「『死霊館』シリーズなど、2000年以降の海外のホラー作品で幽霊が出てくるジャンプスケアものは、少なからず『リング』の影響を受けていると思います」(氏家さん)。

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「水戸黄門」的な安心感