野北さんも、がんとわかったときに、治療法に迷いが出た経験があった。食事で何とかしたいと思い始め、食事療法にはまりかけた。そのままのめり込まなかったのは、食事療法に書かれていた内容に、疑問を抱いたからだ。

「あのときは10冊ぐらい専門書を読んで、それぞれの本に書かれていた“とったほうがいいもの”と“とらないほうがいいもの”を、一つひとつ紙に書いて分析しました。卵を食べていいか、くだものはいいか、乳製品は……とか、言っていることが本によって正反対のものがかなりあったんです。それで『あれ?』って気付きました」

◆告知で頭真っ白 冷静な判断むり

 吉田さんが話す。

「野北さんは仕事柄、情報収集が得意な人なのに、がんになったときは正常な判断ができずに情報の波にのまれそうになった。がんと診断されたら誰でもショックで冷静に考えられなくなる。だからこそ、事前に必要な情報や相談先を手元に置いておくことが大事なんです」

 冊子の監修を務めた押川医師も言う。

「防災は災害を未然に防ぐだけでなく、遭った被害を最小限に抑える“減災”や、その後の“復興”まで含まれます。これは、がん防災でもまったく一緒。がんになっても早期発見で最小限の治療ですむようにする、治療中や治療後の生活、仕事をしっかりするといったことも大事です」

 この冊子を社員の一部に配ったのが、総合建設会社の松下産業(東京都文京区)だ。社長の松下和正さんは、「コンパクトで女性用のバッグにも入るのがいい。必要なことがすべて網羅されている一冊」と評価する。

 同社は従業員ががんを患ったときに何でも相談できるヒューマンリソースセンターを設置するほか、がんなどの病気に関する本を200冊ほどそろえたライブラリーもある。そうした取り組みが認められ、20年度に日本対がん協会の朝日がん大賞を受賞した。

「うちは、がんになっても働くのが当たり前。現場に出られなくても、図面を描くとか、見積もりを作るとか、やることはたくさんあります。若い従業員もがんになっても働いている先輩を見ているので、病気と仕事は両立できるんだという感覚は持っていると思います」

 と松下さん。ヒューマンリソースセンターで主治医選びやセカンドオピニオンなどの相談にも乗る齋藤朋子さんは言う。

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