映画の中で鍵となるのが、東出昌大さん演じる“勝ち続けている小川”が、“負け続けている瓜田”に向かって、「あの人つえーよ」と言う場面。台本を読んだとき、「“強さ”って何だろう?」と立ち止まって考えたという。

「チャンピオンになっていく小川の強さは、目に見えるものだからすごくわかりやすい。でも、負けてばかりの瓜田に対して、小川が言う“強さ”の意味は、うまく言葉では表現できないんです。ただ、このセリフに向き合ったことで、世間の持つ『勝つことが正義』というような風潮には、はっきりとした違和感を覚えるようになりました」

 松山さん演じる瓜田は、周りから「あの人才能ないよ」「どうせ負けるのに」と陰口をたたかれながらもリングに上がる。

「最後まで台本を読んで思ったのが『終わり方が美しいな』ということ。それは、東出くんも同じ感想だったはずです。美しさを感じた理由は今でもうまく言語化できません。ただ一つ言えることは、勝者がいるのは、敗者がいるからこそなんです。勝っても負けても、戦いを挑むまでのそれぞれの努力は称賛されるべきだと思う」

 先が見えない世の中で、人は、目先の結果ばかりに気を取られてしまいがちだ。でも、松山さんがこの作品に強烈に惹かれた理由には、「勝ち/負け」「成功/失敗」「善人/悪人」などと、とかく二元論になりがちな今の社会に、敗者にこそ本当の強さが宿るのだという強いメッセージが込められていたこともあるのだろう。

(菊地陽子 構成/長沢明)

松山ケンイチ(まつやま・けんいち)/1985年生まれ。青森県出身。2002年俳優デビュー。05年「男たちの大和/YAMATO」で一躍注目を集め、「デスノート」シリーズでブレーク。12年にはNHK大河ドラマ「平清盛」で主演、16年の「聖の青春」で日本アカデミー賞優秀主演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞を受賞。「ブレイブ─群青戦記─」が公開中。公開待機作に「川っぺりムコリッタ」がある。

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週刊朝日  2021年4月9日号より抜粋