

役づくりのために、2年間ボクシングジムに通った松山ケンイチさん。演じたのは才能のない、負けてばかりいるボクサー。「挑戦者」を意味する青コーナーでもがき続ける男が見せる“ほんとうの強さ”とは?
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観客としての目線で映画を観たとき、「この監督の描く世界が好きだな」と思う監督が何人かいる。ただ、好きな監督の作品には、できることなら出たくないのだそうだ。
「もし自分が出演してしまったら、その世界観が台無しになってしまうような気がする。本当は、観客として純粋に映画を楽しみたかったのに、作品に自分が出ていることで、余計な邪念が入ってしまうじゃないですか」
「純喫茶磯辺」(2008年)、「ヒメアノ~ル」(16年)、「愛しのアイリーン」(18年)など、幅広いジャンルで、人間の持つ“どうしようもなさ”を切実に描き、映画ファンを魅了してきた吉田恵輔監督は、松山さんにとって、まさに“作品が好きであるが故に出たくない”監督だった。
松山さんの元に吉田監督からボクサー役でのオファーが舞い込んだとき、「ボクシングは、半年やそこらでマスターできるものじゃない」と感じた彼は、「ボクシングジムに1年間通わせてください。それが許されるならやらせてください」と返事をした。1年後の撮影など受け入れられるはずがない。
「そうしたら、監督から『わかりました』と返事が来て、『これは絶対逃げられないな』と(笑)。1年ジムに通っていたら、結局そこからまた1年、撮影が延びて。結果的に2年間、ボクシングジムに通うことができました」
映画「BLUE/ブルー」で松山さんが演じたのは、ボクシングに対する情熱は人一倍でも才能がなく試合に勝てない主人公・瓜田。中学から30年ボクシングを続けてきた吉田監督は、結果に関わらず努力を尽くし、どんなに倒されても何度でも立ち上がるボクサーの姿を描きたかったという。
「2年間ボクシングを続けてはきたものの、監督の求めているものに応えられたか、プロボクサーが観て堪えうるものになっているか、まだまだ不安は残ります。たぶん一生、この作品はフラットな気持ちでは観られない。ただ、試写を観たときは、(柄本)時生くんの演じた楢崎が自販機に向かってシャドーボクシングをやる場面で思わず笑ってしまいました」